森の深くの愛の在処

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 俺がこの町に来たのには、大した理由はない。ただ俺は一所に留まれない理由があり、たまたま流れ着いただけだった。  だがこの町は何かがおかしい。行き交う人もどこか何かに怯えているようだ。  俺は何があったのかと尋ねるが、人々は俺を避けていく。  おかしい。  と思ったが、よくよく考えたら俺の身形はボロボロで、ボサボサ頭の不審人物。手ぶらで歩くこの男は、この現代社会において避けられるのは当然なのである。  それでも似たような身形の人間に尋ね、ようやくその様相が見えてきた。  曰く、森の向こうに化物が出る。  曰く、人がおかしくなって帰ってくる。  曰く、その人は『増殖していく』。  化物の噂など、どこにでもある話だしどこにでもいるものであるが、最後のものは何の事か分からずにいた。しかしその後街を歩いている内に合点がいった。  ぼぉっとした顔で、涎を垂れ流しながら歩く男が、二人、三人と並んで歩いていたのだ。それも同じ背格好、同じ顔で。まるでコピーしたような姿だった。  双子などと言う物では断じてない。似ている、ではなく、同じなのだ。 「おうい、そこのあんた。いや、あんた『達』」  同じ顔した男達のどれに声を掛けたらいいのか悩んだが、結局はどれからも返事はなく、 しかもその間にも男は増殖して四人になってしまった。いつ、どうやって増えたのかは分からないが、服装も何もかも同じ。その四人が仲よさげに街を漫ろ歩いていくのだった。 多くの人に避けられてきたが、この男達は街の人たちの反応とは明らかに違う、まるで魂が抜かれてしまったように反応がないのだ。 「……こりゃあ、本格的な何かがいるな」  俺はウキウキとした気分で、化物が活発になりやすい夜の時間を選んで森へと入っていったのである。
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