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薄暗い森。重い空気。冷たい風。無臭。人気はまるでない。
そんな道を、化物を求めて随分歩いた。だがそれらしい姿はまだ見えない。
果たしてここで合っているのか。
ふと不安が過ぎるが、しかし直感はこちらで合ってると告げている。
……何か確証が欲しいところであるが。
「止まりなさい」
急に少女の声がした。どこからかは分からない。
俺は驚くと共に、内心喜んだ。
「何故止まらなければならない?」
「この先に進んでも、ろくな事はないからよ」
淡々と答える少女。その回答にいよいよ俺は喜ぶ。
「と言う事は、この先に化物がいると言う事だな!? よぅし、進もう!」
「え、ちょ、ちょっと! ダメだって!」
「何故? 化物に会うのが目的なんだ。だから進まねばならないだろう」
ずんずんと進む俺。慌てる少女の声。
「化物に会いたいって、バカなの!? 最悪死んじゃうのよ!?」
「俺は死なない」
「みんなそう言っておかしくなっていったのよ!?」
「俺はおかしくならない」
「バカなの!?」
「バカだ! こっちか!? 甘い匂いがし始めたぞ!」
頑として譲らない俺の態度に、ついに少女は何も言えなくなってしまった。
進む先からは、花の香りのような甘い香りが漂ってきていた。あまりに微かで、少女のヒントがなかったら気付かない程だった。
一度気付けば後は簡単である。甘い匂いが、より強くなる方へ向かうだけである。
「止まりなさい!」
「姿を見せない君の声に、何故従わねばならない?」
「そっちがそう言うのなら……!」
少女が息を吸い、思い切り吐く。すると俺の周囲に突風が吹き荒ぶ!いや、これは最早旋風!下に落ちていた葉も枝も吹き上げ、俺の体に襲いかかる!
「うぉ! 何だ!? 痛ぇ!」
「香りも何もかも吹き飛ばして、森の外まで追いだしてやる!」
びゅわぁっと吹き荒れる風に、俺は耐えるしか出来ず、しかし徐々に後ろへ追いやられていく!
何とか堪えてはいるが、このままではじり貧、何とか打開せねば!
俺は意を決して、右手を伸ばして宙を掴む。そのまま『何か』を探り当てて、ぐいぐいと手繰り寄せていく。
するとそれまで吹き荒れていた風が、一本の糸によって整えられた布の様にきゅっと束ねられ、穏やかになり、そして消えていった。
ついでに少女も、どこか中空から紐で引っ張り出されたように転げ出てきた。
「え!? なになに!? 何で!?」
10才ほどの見た目の少女は、自分の置かれている状況が全く理解出来ず、きょろきょろと辺りを見渡している。
「おぉ、そんな姿だったのか」
俺の声にハッと気付き、少女は俺の方を見る。その目には若干の恐怖が見え隠れする。
「あなた……一体何をしたの!?」
「まあちょっとした手品だよ。あんまりにも君の風が邪魔だったから」
実際、手品のような話なのだ。少女がやったのは自分の力を糸のように細く飛ばし、空気に絡めて風を起こしていたのだ。逆に言えば、その糸を抑えつけてしまえばそれに付随する空気の動きも抑えられるという理屈である。
とはいえ少女はそんな事を考えず風を起こしていたようだし、説明する義理もないので、俺は適当に誤魔化しながら、疑いの目を向ける少女に本題を切り出した。
「そんな事よりこの奥にいる化物だ。どうも君はそれを知っているようだから案内してくれると助かるけどね。
それとも、まだ何か仕掛けてくるかい?」
挑発的に視線を向けるが、少女はそれに反応する気力すらなさそうだ。お手上げ、とポーズを取ってから言葉を返した。
「勝てる気がしないわ。あなた、人間じゃないのね」
「人間さ。ちょっと個性が強いだけ」
「……嘘ばっかり」
おどけてみせる俺に、呆れる少女は溜息を吐き、そして小さく呟いた。
「でも、この人ならきっと……」
「ん? 何か言ったか?」
俺の問いかけに少女は、しかし答えず立ち上がりながらこう言った。
「何でもないわ。化物の所まで案内してあげる、この奥よ」
俺は少女の誘いで暗い森の奥へ、歩を進めていく。
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