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「これよ」
「これは……なんだ?」
きっと植物なのだろうと言う事はすぐに分かった。彩りのある葉が幾重にも重なっていて繭のように巨大な球状になっている。そこの塊からひょろりと長い茎が幾つも生え、先には十字架植物らしい黄色い花を付けている。
「葉牡丹よ。知らない?」
「それは知ってる。だが、俺の知っている葉牡丹はこんなに巨大じゃない」
そう、巨大なのだ。通常であれば精々が20センチといったところである。これはそんな比ではない。20メートルはあろうかという巨大葉牡丹だ。
それだけでも化物であるが、その先端の花からは力の糸が集合しており、ここを中心として『巣』が展開されていた。
「で? 念願の化物と会えた訳だけど、あなたはどうするの?」
試すような少女の口調。散々無視され、軽く扱われたのだ、お手並み拝見と言ったところか。
俺はその問いに返事をせず、別な質問をぶつけた。
「この化物、何でこんな所にいるんだ? 君なら知っているのだろう?」
思いがけない逆質問にきょとんとするが、すぐに返事は来た。
「これは元々、人間だったの。ただ普通の女。
普通に結婚して、子供が出来て、不注意で死なせて、絶望して、死んだ。ただそれだけの哀れで普通の女。
与えるはずだった愛を誰かから奪って子を増やしたい。そんな願望に取り憑かれただけの、惨めでバカな化物だわ」
淡々とした答え。
「そうか、ならきっと、悪夢を見続けているんだろうな。あんたもこんな事、望んじゃいないはずだ」
俺はそれを聞いてから、準備に取りかかる。と言っても、念入りにストレッチするくらいだが。
「? 一体どうするつもりなの?」
「俺はな」
これから起こる事がさっぱり分からない少女をそのままに、俺は言葉を続ける。
「一所にはいられないんだよ。ちょっと特殊な体質のせいで、普通の人間なのにな。
ただちょっと、化物が必要な体なんだ。
普通の生活をしていたはずなのに、他の人とは同じ物を食べられなくなってしまった。戯れに出された化物の肉だけが、すんなりと受け入れられた。そうしなければ、生きていけなかった」
ストレッチをしながら、淡々と話す。少女は黙って聞いている。
「それが良くなかったんだ。俺を生かす為に、まあ色々あって人が死にすぎた。俺はその業をそこで背負いきる事ができなかったんだ。
だからこうして旅をしながら、化物を探している。生きる為に」
ストレッチを終え、化物と向き合う。化物は泰然として動かない。
「化物には、力の糸のような物がある。君が分かっているかは知らないが、使っているそれだ。
これを使うという事は、体力を使うのと一緒なんだ。これが無くなれば、衰弱死してしまう。
俺が食べられるものは、この世でこれだけだ」
右手で中空の糸を掴む。それをくるくると撚り、わたあめのような塊にする。
そこら中に広がっていた『巣』はあっという間に巻き取られ、俺の右手に集まる。
俺は、『更に引っ張り出す』。
花先から出ていた糸を、そこからずるりずるりと引きずり出していく。化物の体は糸を失う程に目に見えて萎れていく!
少女には、見えるはずのない糸がうっすらと見えていた。そしてあれが生命力か何かであり、自分の力の源である事を直感的に理解した。
――この男は本当にこの化物を退治出来る。
「……!」
いざこの現実を目の当たりにした時、少女の表情には喜びと悲しみとが入り交じっていた。
化物は自分の身に起こっている危機を理解し、体をうねらせる!茎が、葉が、俺の体に襲い掛かる!
「危ない!」
少女の叫びと共に、俺の周囲に旋風が巻き起こる!
化物からの激しい攻撃は、しかしそのほとんどが風に遮られていく。
「助かる!」
俺は少女の糸を掴まないようにしながら、化物の糸を手繰り続ける。
その内に、うっすらと化物の記憶が俺の中に流れ込んできた。
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