Prologue

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Prologue

 夢を見た。それは、幻想郷ではなく外の世界の出来事であり、少女が紡いだ記憶の断片。  肉を割き、骨を断ち、臓腑を貫く感覚と共に、少女の視界が紅く染まった。それと同時に、少女の身体に身を預ける存在が一つ。  少女の手には一振りの剣が握られており、その剣が少女に身を預ける存在の胸を貫き、そのまま心の臓腑をも穿ち、その存在に致命傷と成り得る一撃を放ったものと、遠目に二人の遣り取りを見届けた者達はそう解釈しただろう。  現に、少女が放った一撃により、致命傷を与えられた存在は、自身の力では身体を支える事すら出来ず、少女に身を預ける事で何とかその場から崩れ落ちずにすんでいる様子。吐血と共に少女の顔を紅く染めた口からは徐々に呼吸が弱まっていくのを感じながら、少女は……白鳳山(はくほうざん) 龍蓮(りゅうれん)は死にゆく存在に向け、最後の言葉を放った。 「貴女の野望は此処までです。貴女はこの世界に多くの傷跡を残しました。因果応報、己の犯した罪を噛み締めながら最後の時を迎えて下さい」  その言葉と共に、剣に力が籠る。それにより、死に体となった存在の身体が僅かに痙攣し、口からゴプリと先程とは比べ物にならない量の血が吐き出された。  もって数秒とない命。誰もがそう思っただろう。  しかし、龍蓮の言葉を聞いたそれは、ぜぇぜぇと息を荒げながら龍蓮にだけ解る程度に口角を吊り上げ、笑みを浮かべた。 「く……は……はは……はははは……ははははは……終わり? 今、終わりと、私が此処で終わると。私の野望が此処で終わると……龍蓮。白鳳山 龍蓮。貴女は私に、私にそう言ったのか?」 「っ!!」  最早喋る事すらも不可能である筈。にも関わらず、それは尚も笑みを浮かべたまま、力なく垂れ下がった腕に力を籠め、龍蓮の頬を軽く撫でた。 「此処から……だ。此処から始まる。私の……私の目的、私の野望、私の役目が……此処から、此処から漸く、漸く始まるのだ。その為の準備を、その為の策を、私は遂げた。成し遂げたのだ……くく……ははは……ははははは」  その言葉に、偽りの色は無かった。それは本心からそう告げたのだ。私の目的は、私の野望は、私の役目は此処から始まるのだと。その為の準備を整えたのだと。  あれだけの事をしておいて、多くの人々を傷付け、世界を混沌に導いておきながら、それすらも本当の目的の前準備だったと言うのか?  七人の人間を選別し、彼等に大罪の因子を授け、自らの手駒として暴れ回っておきながら、それすらも前準備だったと言うのか?  困惑の色を隠す事が出来ず呆然とする龍蓮に対し、それは再び笑みを浮かべる。自身の身体を維持する事が出来ず、徐々に肉体が崩壊していく事すら気にも留めず、それは……(なぎさ)と自ら称した少女は、龍蓮の耳元に唇を近付け、最後にこう囁いた。 「待っていろ。待っているのだ龍蓮。私は戻る。必ず戻って来る。この地に、この世界に、私は再び姿を現す。楽しみにしていろ。その時まで、その時が来るまで。楽しみにしているのだ。貴女には、龍蓮には最高の席で、世界の終わりを、終わり逝く世界を見届けさせてやる。あぁ、その時まで楽しみにしているのだ。ふふ……ふふふ……はははははは」  その言葉を最後に、渚の肉体は完全に崩壊し、消滅した。多くの犠牲と共に、渚と呼ばれた少女の野望は龍蓮の手によって断たれた。  その筈だった……その筈だったのだ。
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