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「レンナ」
彼女の名前を呼ぶ。
うつろな表情で俺を見つめているレンナに、す、と近づいて、手を伸ばし――彼女の背中に腕を回した。
それは、ほんの数秒の事だったと思う。
けれど、俺が目を開いた時、そんな素振りなどまったくなかったはずなのに――レンナの頬には、出来たばかりの涙のすじが通り、伝い、彼女の首筋を濡らしていた。
「……、レンナ……?」
もう1度、彼女の名前を呼ぶ。
すると、レンナは目を閉じて、俺の胸に顔をうずめ、腕を回してきた。
彼女の腕が、俺に、俺の身体中に、絡みつく。
しばらくそうしていた後、彼女はゆっくりと俺から剥がれて、『ごめんね』と小さく笑った。
『……ありがとう、泉』
それが、何に対しての『ごめんね』なのか。
何に対しての『ありがとう』なのか。
……俺は馬鹿だけど、馬鹿だったけれど。
レンナの姿を見て、その意味は、その意味だけは、どういうわけだか、理解出来た。
――ただ。俺は。
彼女が『本当の姿』を俺に晒してくれた、という事が、ただ、嬉しかった。
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