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レンナの顔が、小さく動いた。その表情からは、相変わらず感情を読み取る事など出来ない。
――ただ。俺は、「うん」とか「わたしもだよ」とか、そういった返事を僅かながら期待していた。
何しろ今まで、1度たりとも『そういった言葉』を返してくれた事はないのだ。
別れ際くらい、言ってくれても良いはずだろう、と。
『……よ』
でも。最後の最後まで。
『泉の隣にいるべきなのは、わたしじゃないよ』
彼女との距離は、縮まらなかった。
彼女はベンチから立ち上がって、遠くを見つめた。
俺には聞こえなかったけれど、もしかしたら、もうすぐ電車が来るのかもしれない。
そんなふうに思っていた矢先、『間もなく、電車が到着します――』というアナウンスが、辺りに響いた。
レンナが振り返る。
いつの間にか、ホームには俺たち以外にもいくらかの人間がいて、レンナも、人間の姿に戻っていた。
ふ、とその整った顔が近づいて、レンナが笑う。
「……ね、泉。手出して」
電車がホームに入ってきた。手のひらを開くと、レンナがその上に、細長い何かをちょんと置いてくる。
とても小さなそれは――以前ふたりで水族館に行った時、その帰りに買ったキーホルダーだった。
「……なんだよこれ」
「ダイオウイカ。かわいいでしょ。
……あげるから、これをわたしだと思ってかわいがってあげてね」
「……おい!」
言うなり、レンナが背を向けるので、俺は立ち上がって、レンナの手をつかんだ。
微妙に『伸びる』感触がした感じもするが、気にせず俺は自分のポケットに手を突っ込んでスマートフォンを取り出して、そこにぶら下がっていたオレンジ色の魚のキーホルダーを外し、レンナに向ける。
きょとんとしているので、俺は握っていたレンナの手にそれを握らせて、しっかりと閉じさせた。
「イカは、もらってやる。……ただ、かわりにこれを持ってけ。
で、俺だと思ってかわいがれ」
「クマノミ? ……でも泉、こんな可愛くないじゃん」
「うるせー、とにかく持ってけ」
しょうがないなあ、とレンナはそれをポケットにしまう。
電車が静かに停車し、レンナがそれに乗ろうとするので、その背中に向かって、俺は大声で、「あと、もうひとつだけ聞け!」と声を荒げた。
「人間だとか、なんだとか、そんな事はどうでも良いんだよ!
関係ねえんだよ、馬鹿レンナ!
『おまえ』は、『レンナ』だ!
『レンナ』は、『レンナ』だ!
おまえがもし、『そっちのセカイ』に戻ったとしても、もしこれから先ずっと逢えなくなったとしても、それでも俺は、ずっと『レンナ』が大好きだ!」
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