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気づいたら存在し、ただそこに在った。
いつからか、どこからかも、わからない。もしかしたら私が始まりなのかもしれない。
でも、そういう。こういう?意識をし始めるという事は主体を持つという事で、ちょっと寂しさを感じたり、ちょっと世界を作ってみちゃったりもする。
時に換算すると、どれぐらい前の事だろう?
いいないいな人間って。――、と思うよりはるか前の出来事だ。
そう、この地上を司る地水火風の化身たちを生み出すよりも、もっと前……。
「この先がアルケー湖……!」
馬車を降りてから野っ原を十五分ほど歩くと、先のほうに輝く地面が見えた。
きっと湖だ。まだ距離があるので小さくしか見えないけど、あのキラキラは日の光の反射だろう。
あそこに、もちもちであまーいお菓子があるわけだ……!
そう、今私は各地を歩きまわっている――主に美味しいものを探し求めて!
今回の人生は「能力」も「才能」も無い。ならばどう人生を楽しもうか?答えは簡単「食べ歩き」である。
「まだ……だいぶあるな」
おでこに手を当て眼をしかめる。歩くにはめんどうな距離だ。
なんなら空を飛べる「私」な時だってあったのだけれど、それを言ってもしょうがない。
また、上手いこと湖行きの馬車が通りかかってくれたりしたら嬉しいのだが……。
そう都合よく助け舟が現れることもないだろう。
「そこの女!逃げろ!」
「えっ――?」
歩くしかないと覚悟をきめた矢先。
なぜか、私は小脇に抱えられていた。
(確かに私は小柄だけど、すごい力持ち……!)
急な出来事に浮ぶ、しょーのない感想。
状況は呑み込めていないが、私を手荷物扱いしている犯人を見上げる。
長い黒髪を高い位置で結い上げ、腰には長剣が装備されてる。どうやら戦士や剣士の類らしい。
なるほど、だから力強い足取りで私を抱えたまま走れるわけか。そんな大きな胸をゆらしながら……!
――って女の人だ!
「人さらい!?」
頭の整理がつかないから、とても素直な感想を口にする。
切れ長の目がこちらをチラリと見下ろし、一睨み。
熟れたトマトのような赤い瞳と、険しい顔つきが相まりとても気が強そうに見える。
第一印象でどうこう思うのはよくない事だけれど、ちょっと怖い。
「好みの顔だが今はそれどころではない!」
だいぶ怖い角度からの返答と同時に、女の人が野原に倒れこんだ。
当然、女性の手荷物である私も倒れ、地面に転げ落ちる。
やわらかい草と土の上とはいえとても痛い。
ドパッ!
私たち二人が走っていた場所に、水の塊のようなものが着弾し地面がえぐれる。
倒れこんでいなければ、直撃していただろう。
「逃がさんぞタチ!」
すでに立ち上がった人さらいの視線の先には、青色で人型のゼリーみたいな生物が佇んでいた。
身長は子供サイズで私の胸より下ぐらいの高さ。顔立ちも子供っぽくてクリクリのお目目。ついでに髪形?らしいツインテールも子供っぽくて可愛らしい。
どうやら今の攻撃は子供っぽい彼女のものらしい。
ならば、私の横で名指された黒髪女性が「タチ」なのだろう。
「しつこいスライムだなッ――ズーミ!」
タチが腰に備えた剣を構える。
――これ、面倒ごとに巻き込まれる感じだ……!
攻撃してきたスライムちゃんは、子供サイズで可愛らしい見た目とはいえ、今の私は無能力。
バチバチな雰囲気の二人に巻き込まれたら、身を守る力が無い。
極力厄介ごと、特に暴力沙汰はさけて今回の人生は楽しんできたのに!
こんな所で巻き添えで痛い死に方は嫌だ……!
どうにかして二人から距離を――
「……!」
刺激しないよう、目立たぬようにゆっくりと後ずさる最中、気になるものが目にとまる。
スライムの子。ズーミって呼ばれてる子の半透明の体内にとても身近で懐かしいモノを見つけてしまった。
いや、そんな――まさか……!
「神の名において!お前のように穢れた存在浄化してくれるわ!」
「黙れ水の化身!」
この地球を司る地水火風の化身――、その一人!
(つまり!私の眷属!!)
そう、確かに彼女の体内にきらめく一粒の欠片……あれは神――つまり私が、むかーし、むかし。分け与えた力の源。
ズーミの体にある無数の気泡に隠れてはいるが、私にはわかる。だってもともと私の力だから。
「大丈夫だ。私のそばにいろ」
タチがギュッと私の肩を抱き寄せる。
せっかく距離をとっていたのに、いつの間に……!
面倒な事実に気づき冷や汗垂らして固まっているのが、恐怖に怯える姿にでもみえたのだろうか……?
そんな王子様みたいなことしないでも――というか、逃げにくくなっちゃうし!
(まずいまずい。化身たちは私が不在にしてるとこ知らないはず……!)
そう、今この世界は神様のいない世界。
いや、いるには居るから「神のお留守な世界」と言ったほうが正確か。
だけど、神様としての役目は果たしておらず、人間に転生して遊び回っている。食べ歩いたりして!
(ばれたら気まずい……!)
神様いません!なんて混乱は必至なので私の不在は、一番私にちかい者が神様のふりをして場をつないでくれている。
そんな状態、バレようものならどうなることか――こんな好き勝手してると知られた日には!
「お前のような存在!神は許しておらん!」
びゅ!っとズーミのみずみずしい腕がのびタチを襲う。
空気を裂いて、綺麗な水色の線がひかれる。
「私の人生!どう歩もうが私の勝手だ!」
私を抱き寄せたまま器用に身をかわすタチ。
今の私じゃ到底できない速度で、体が勝手に動かされるので、悩みごとに集中してても大丈夫そうだ。
「お前の生きようは罪なのじゃ!穢れなのじゃ!」
ズーミが続けて腕を伸ばし攻撃を重ねた。
重い水の音と、弾ける水しぶき。
地面で跳ね返った攻撃が、小さな水玉になって私の頬を軽く打つ。
「売られた喧嘩は買う主義でな!私を否定するなら神であろうと叩き切ってやる!」
ひとつ、ふたつと身をかわし、かわしきれないみっつめの攻撃は剣を抜き撃ち落とす。
神様を抱えながら。
(あずかりしらぬ所でややこしいコトになってる……!!)
激しくなる戦闘、面倒くささの増す事情、抱きかかえるついでに私の胸に当たっているタチの手!
色んな理由で今すぐココを離れたい!
「あの!もう大丈夫なので!戦闘の邪魔でしょうし!離してもらったり!!」
「なにを言ってる!ここで離れるのは危険だ!相手は水の化身だぞ!!!」
(化身だ・か・ら・離れたいの……!!)
そう叫んでやりたいどころだが、それじゃあ身バレを加速させてしまう。
なにより、そんなこと口走ったら、二人の怒りが私に向きかねない。
「残念よの~タチぃ~。いかな凄腕の剣士といっても水の剣ではの~」
これ見よがしに口元に手を当て嘲笑うズーミ。
言われてみると、タチが片手で握っている剣の刃は、半透明でキラキラと太陽の光を反射させている。
普通の刃ではない、水の刃だ。
先ほど攻撃を撃ち落とした時も鈍い不思議な音を立てていたが、アレは水がぶつかり合う音だったのか。
「お前とワラワの愛称はサ・イ・ア・ク。受けれはしても、攻撃はできまいて……せめて他の化身があいてならの~!」
心底嬉しそうに、性格の悪いお嬢様みたなケタケタ笑いのズーミ。
煽っているとかしか思えない姿も気になるが、それよりなにより私には気になることがある。
攻撃してくる相手じゃなくて、助けてくれているタチの方に。
「あの!」
「なんだ?」
「せめて私持つとこ変えてくれませんか!!」
気になる……タチの手が胸に当たっているのが――!
戦闘中だし、危機的状況だし、相手は化身だし、神様サボってるし、なによりタチさんも善意で抱き寄せているんだろうから!場合じゃないのはわかっているけれどっ!でもすごく気になる!!!
だって!なんか気づいたら手がどんどん移動してて、「当たっちゃった」ぐらいの感じから、胸を鷲掴まれている感じになっているから!
「……気にするな。いい触り心地だぞ」
「やっぱり意図的だ!!」
この人!なんかおかしいと思ったんだ!最初の返事とか!距離感とか!状況が状況だから後回しにしてたけど!
第一印象通りに怖い人だ!
全身全力で離れようともがく私と、まんじりともせず片腕で抱き寄せるタチ。
いくらなんでもおかしくないないかな?小柄な女性の体だけど、腕一本でこんなにも固定できるもの?
しかも、スーミの攻撃を躱しながら。
「暴れるな。危ないぞ?しかし……慌てている顔も可愛いなお前」
「近い!近い!顔が近い!あなたが一番あぶっ――」
とてもまっすぐな返しをしようとした矢先、タチがどんと私を突き放した。
突然。
「ワラワをほっとくな!!!」
そう一応戦闘中だったのである。そしてタチも今まではちゃんとズーミを見てたのである。
今さっきのくだらないやり取りの前までは――
タチがズーミの振った腕にぶつかり転がり飛ぶ。
「タチさん!」
まったくもって彼女に対して良い印象はないのだけど、つい心配の声が漏れてしまう。
攻撃の巻き添えにならぬよう、つい反射的に私を離した彼女と同じように。
「戦いの最中にイチャつくとはなにごとじゃ!そんなんだからお主は許せんのじゃ!!!」
ぐうの音も出ない正論だけど、イチャつくというのとは少し違う。
だって双方の同意がなければイチャつくって言わなくない?
吹っ飛ばされて転がったタチに、ズーミが手をかざす。
水がうにょうにょと広がり、水の玉となってタチを包み込んでいった。
「ッツ――!おっぱっいの誘わく……!」
あの人、こんな状況でまだしょうのないコト言いかけなかった?
自分の耳を疑いたかったが、そういう状況でもない。
なんか、私を助けたせいでタチがズーミに捕まってしまった感じになっている?
正確には私にセクハラをしたせいで捕まった。だと思うんだけど、この場に観客が居たらそう見えちゃう気がする。
「おぬしは見逃してやる、さっさと行くがよい」
「えっと――はい……」
しっしっと犬を追い払うようなしぐさをするズーミ。その横には水に捕らわれたタチが浮いている。
出会った時からズーミは私に敵意も興味も示していない。当然だろうただの人にしか見えていないはずだから。
別にこれでいいのだ。元々私は突然巻き込まれただけだし、タチにされた事といえばセクハラ。
「神様だって斬る!」とか怖いコトいっていたし、あまり長居して神様サボりばれたら恥ずかしい、痛い思いをするのもまっぴらごめんだ。
「…!……!」
苦しそうに、水の玉のなかでタチがもがいている。きっと息ができないのだ。なにせ、全身が水の中。
タチの口から沢山の空気の泡があふれ出る。あのままじゃ、すぐに窒息だ。
……ちょっと可哀そうな気がする。二人が戦っている理由も事情もよくわかっていないけど、やりすぎというかなんというか……。
でも今の私は無能力、無才能、なにもなしの人間のナナ。
もうちょっと私の前だったらな、もしかしたらなんか出来たかもしれない。
「なんじゃ?はよ散れ。健全に生きろよ」
「……えっと。わかりました」
でも一応、私を突き飛ばしてくれたんだよな……この人。
もがき苦しむタチを見るのが忍びなく背を向ける。きっと私はこのまま湖へと足を進めるのだ。
なんかおいしいもちもちの甘いお菓子がある湖に向かって、それを食べるのが今の私の目的。
十三回も繰り返した人生。人の死にも何度となく触れてきた。
今更。今更である。
「……ごめん!化身ちゃん!!」
背を向けたのに、またくるりと向き直る私。
あまり頭は回っていなかった。
「???」
ズーミの顔にはなんだコイツ?と書いてある。
私も同じ感想だ。なにしてるんだろう私?
「ごめん……!でも、私弱点わかるんだよね――!!」
ぴょん!
ズーミの体にぶつかる様に飛びこむ。
伸ばした両の手はズブリと水の体に埋まり、かつて私が分け与えた力の源へと向かった。
無数の気泡に隠れているが、困ったことに私にはわかる……。
「なっ――!!」
「できることは一応しておかないと……!」
私の行動に驚愕の声を上げ体を震わすズーミ。
わかるよ、水の化身。私もびっくりしているもん。
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