港町ピチョン

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港町ピチョン

 水の大陸一の大きな港町ピチョン。  風の大陸へと渡る船が出るのは十日後だ。  私が既に十三回目の人生な事。  今から聖地に向かい神に戻ろうとしている事、私の代わりに光の化身イトラが「神」をしているっぽい事、をズーミちゃんには説明した。 「こんな感じかな……。正直、私も事情が分かってないんだよね」  丸いお月様が空に浮かぶ夜。宿屋の二階の一室で二人きり。  タチは街に着くなり何処か (たぶん如何わしい所)に出かけてしまった。 「な…なんとなくわかりました……のじゃ」 「そんなにかしこまらないでよ」  私の長ったらしい説明を、ズーミちゃんはずっと背筋を伸ばして聞いてくれていた。  背骨とかないぶん、大変そうなのに。  もちもちを一緒に食べていた時のように仲良くしたいけど、彼女の気持ちを考えれば無理もない。 「ご飯にしよっか!」  私たちが居るのは一階が食事処になっている、よくあるタイプの宿。  先ほど部屋に上がる途中、まろやかな白シチューの匂いがしていた。 「ゆっくり食べたいし、お部屋に持ってくるね」  下で食べるとなると、ズーミちゃんは身を隠さなければならない。  全身を覆う服を着てご飯を食べるのは大変だろう。  馬車移動の疲れも、お触り大魔神の不在もある。  二人きりでのんびり食事をできるチャンスだ。 「そんな!神様を使い走らせるなど――わらわがいってくるのじゃ!」  シュタッ!と立ち上がり、素のままでドアへと向かうズーミちゃん。 「まってまって!出るならお洋服着ないと!」 「はっ!?忘れとった…!」  完全に緊張が抜けてない。  このまま外に出したら絶対にスライムバレするだろう。 「いいからゆっくりしてて。ズーミちゃんは特に窮屈な旅だったんだし」  馬車移動中、ずっと全身を服で隠しゆられていた。  暑いし、息苦しいし、大変だったろうに一言も文句を言わず。  真面目な子なのだ。 「うぅ……ありがとうございます…なのじゃ」 「ご飯持ってくるかわりに、今まで通りに話してくれると嬉しいな」  仲良くもしたいし、緊張しっぱなしのズーミちゃんがちょっと心配だ。 「ですが……」 「お願い!寂しもん。それに今の私は、ただの食いしん坊の人間なんだから」  ズーミちゃんからの反論はまたずに部屋を出る。 クキュル。  一階に降りると、美味しそうな匂いがしてお腹が鳴った。 (ちゃんとした食事は久しぶりだな)  今回の人生、もっぱら食を楽しみに生きていた。  美味しいごはんは私にとって何よりのご褒美だ。才も能も無いおかげで、ソレを知れた。    五つある丸テーブルと、カウンターの席は全て埋まっている。  この手のお店には珍しく、酔っているお客さんが一人もいない、どうやらお酒を扱ってないようだ。  酔っ払いに、絡まれることが無いのはとっても助かる。  カウンターの奥でお鍋をぐるぐる混ぜていた、白頭巾のおばちゃんに話しかけた。 「あのー。食事をお願いしたいんですけど」 「悪いね~。見ての通り席に空きがないんだよ」  気のいい声と、優しい笑顔、あと美味しそうな匂い。 「お部屋でいただけたりします?」 「構わないよ~。食器を自分で下げてくれるならね」 「もちろん下げます!じゃあ、二人分お願い――」   クキュル。    待ちきれずにもう一度なったお腹。  おばちゃんに聞かれてしまった恥ずかしさで、お腹を押さえる私の肩を誰かが抱き寄せた。 7734f606-e3c5-4dde-a956-4e6c84c60c4e 「三人分で頼む。うまそうだな」 「タチ…!」 「私抜きで晩餐とは、いじわるだぞ」  神の肩を一番抱いた人間、タチさんが私の鼻を指でツンとつく。 「どうせ朝帰りだと思ったんだもん」  目を閉じそっぽを向く。勝手に出かけて帰りを待ってもらえると思うなよ……! 「折角の同室を逃す私だと思うか?」  さすがの港町。  日が落ちてからの到着だったのもあり、部屋はどこも埋まっていて一つしか取れなかったのだ。 「知らないし!どうせヤラしいお店か、女の子でも引っ掛けてたんでしょ」 「私は男もいけるぞ?」 「別にどうでもいいもん」  ひょうひょうとした態度がまたムカツク。  ホント、好き勝手しかしないんだから。 「お待ちどう。シシカ肉の白シチュー三つだよ」  まろやかな白シチューに、むちむちのシシカ肉がゴロゴロと……!  目の前に現れた宝物に目が奪われ、タチに対するムカツキも消し飛ぶ。  そうだ、今私は幸福の時を待っていたんだ。 「頂こう」  タチは当然の流れみたいに代金を払い、両手と腕を器用に使って三つの木皿を持った。 「熱いからこぼさない様にね」 「大丈夫だ。行くぞナナ」  ……ずっと。ずーーーっとだ。この旅中ずーーーーっとこうだ。  階段を手ぶらで登りながら、思っていた事を口に出す。 「彼氏みたいな感じやめてよ。自分で買うし自分で持てるから!」  馬車移動の時からそうだった。  同乗したお客さんの前でも「ナナはオレの女だ」みたいに振舞って…。 「そんなつもりは……多少あるが、気に食わんか?」 「食う食わないじゃなくて、意味が分からないの!」  そのくせ道中すれ違った薬売りの女性に「いい肉付きだ」とか軟派な事言ったり――誰にでも気取った所すぐみせるし。 「意味は分かるだろう?好感度上げだ。お前に好かれたい」 「だとしたら過剰!なんかちょっとずれてるし!」 「私は通常でも格好いいからな、好意も足されて濃いめに感じるのかもしれん……常人にはな」  臆面もなく……!何度も繰り返すけど私神だぞ!! 「そんな鼻につく態度で好かれると思ってるんだ?」  皮肉たっぷりで嫌味を言ってやる。  正直、美人さんだし、格好つけも多少は様にはなってると思うけど、自覚してそうなのが腹立つ。 「そう言うな。そのうち病みつきになる」  キザなウィンクを一つ送られた。  ムカツク。 「なりません」 「シシカ肉を一つ分けてやるから」 「えっ!?いいの!?」    しょうがないのだ。  だって今は人間だし、人はお腹が減る。そして食事は幸福なのだ。 クキュル。  お腹だって同意している。 「好きになったか?」 「少しだけね」  部屋に戻りズーミちゃんと三人仲良く、おしゃべりしながら食事をする。  みんなで食べる白シチューはとっても美味しいし楽しい。  悔しいかな、一つ増えたシシカ肉が、私の胃と心に贅沢を味わせる――ずるいぞタチ!    でも食後のカラの食器は私が奪って一人で下げたから、それでお相子なはずだ。   ――たぶん。
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