絶海に秘める恋唄(美形兄弟BL)

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 痛い。  腰が、背中が、膝が、内腿が……奥が痛い。傷口に指を突っ込まれ、無理やり掻き回されるような耐えがたい激痛。いや、耐えがたいのは痛みだけではない。内臓を押し上げる圧迫感が、胃の腑を、喉を押し上げている。  やがて、臓腑の奥に焼けつくような熱が広がる。どろりとしたそれが内側を穢すと、そのあまりにも悍ましい感覚に、ついに那由多は喉元に込み上げたものをげぇと吐き出した。 「……ぅ、げほっ、げほっ」  何度も咳き込みながら、那由多はのろり目を起こす。見ると、松明と思しき明かりを背負った巨大な影が、那由多の身体を折り畳むように床へと組み敷いていた。 「どうだ」  傍らに控えるもう一つの影が、那由多を組み敷く影に問う。 「駄目だ。爺さんが祀津の血を引いていると言っていたし、大丈夫だとは思ったんだが」 「だから言っただろ、本家筋じゃなきゃ駄目だって……おい、次は俺に代われ。俺のひいばあさんが、確か本家のお手付きで爺さんを産んだ、なんて話を聞いたことがある。俺ならいけるかもだ、ほら」 「わ……わかった」  そんな影たちの会話をぼんやりと聞き流すうち、奥から何かがずるりと抜かれ、そこに今度は別の、しかし、先程とよく似た形状の何かが押し込まれる。それの主は、やはり先程の影と同じく那由多を二つに折り曲げると、ふっ、ふっ、と息を荒げながら那由多を激しく揺すりはじめた。 「終わったら、また俺にやらせてくれよな」 「何言ってやがる! こいつは遊びじゃねぇんだ! ……け、けどっ……確かにこいつは……ははっ、うちのカミさんよりずっと……っ」  次第に動きは烈しくなる。先程のねばつきが潤滑油の役目を果たし、痛みの方は少しずつ和らぎつつある。とともに状況を把握する余裕が意識に生まれ、それが、皮肉にも肉体的なそれとは違う新たな苦痛を那由多にもたらした。  穢されている。愛してもいない人間に…… 「や――やめろ!」  無我夢中で影を突き飛ばし、へたりこんだまま足をばたつかせて後ずさる。  案の定、そこは境内の片隅にある古い能楽堂の舞台だった。あかり、否、兄に許しを乞ううちに気を失い、勝手に舞台へと連れ込まれてしまったらしい。服はすでに剥かれ、生白く痩せた身体をびっしりと痣が覆っている。そういえば、身体のそこかしこがずきずきと痛む。気を失ううちに殴られるかしたのかもしれない。  もっとも、あの場所に比べるならそれも些末な痛みではあるのだけど。  内股のさらに奥、かつて兄に愛されたそこは、今は引き攣るような酷い痛みに苛まれていた。僅かな身じろぎ一つで裂けるような激痛を生み、それが那由多から正常な呼吸を奪う。 「……っ、ふ」  そんな那由多をさらに追い詰める異様な気配。まとわりつくような温気の中、注がれる視線の気配が、那由多の肌を、心を否応なく凍てつかせる。  早く。早く次の。  誰でもいい、海神さまの怒りを鎮めてくれ。  吹き荒ぶ風に乗って、どこからともなくそんな囁きが聞こえてくる。見ると、篝火が照らす境内に、打ち付ける風雨に晒されながら夥しい人の影が犇めいている。闇の中、うぞうぞと蠢くそれはまるで蟲の群れだ。が、よく見れば誰も彼もが見知った顔の島民達で、そんな彼らが興奮とも焦燥ともつかない目でーーあるいは下劣な表情でもって壇上を見守る光景に、今更のように那由多は強い吐き気を覚えた。  こんな場所で、父さんと母さんは、僕を……  子供は愛の結実だと人は言う。が、少なくとも那由多はその限りではなかった。島民達による衆人監視の元、愛なくして身体を重ねた兄妹の間に生まれ落ちた忌子。その事実を思い出すたび惨めさが募るから、普段は心の奥深くにしまいこみ、用心深く目を背けていた。  でも。  こうして自分の〝根源〟を目の当たりにすると、もはや目を背けることすら叶わなくなってしまう。自分は、愛ではなく島の呪わしい習慣によって無理やり孕まされた子供なのだとーー 「おい、祀津の弟」 「うあ!」  ぐいと足を引かれ、弾みで舞台の床に突っ伏する。そのまま腰を掴まれると、今度は背後から無理やり異物をねじ込まれた。 「ははっ、後ろからも悪くねぇな」 「――っ!」  這い蹲ったまま爪先でがりがりと床を掻き、何とかこの場を逃れようと努める。が、肉体労働とは無縁な那由多が、普段からそうした仕事に従事する屈強な漁師たちの腕力に敵うはずもなく、がっしりと掴まれた腰は、もはや凌辱に耐える以外の用をなさなかった。  やがて二人目の精も中で吐かれ、悲しみと無力感に打ちひしがれた那由多が床に崩れ落ちたところへ、間髪入れずに新たな影がのしかかってくる。 「俺は……多分、祀津の血は継いじゃいないとは思うが、まぁ物は試しだ。弟も、このまま生贄にされるのは嫌だろ?」  上擦った声で言うと、影は醜く捲れたくちびるを賤しく歪める。ぎらつく双眸から窺えるのは、やはり、底の知れない暗い情欲。もう、この影が誰かなどとは知りたくもなかった。この影もまた那由多の知る島民の誰かで、その誰かが、こんなにも歪んだ感情を秘めつつ日々自分に接していたと考えるだけで、心が壊れそうになる。  いや、最初から壊れていたのかもしれない。那由多だけでなく何もかも。  母がここで実の兄に孕まされた時、いや、もっと昔からきっと、この島は決定的に何かが壊れていた。そしてそれは、もう、那由多一人の力ではどうすることもできなかったのだろう。そう、那由多一人では――  脳裏にふと、一つの美しい影が浮かんでよぎる。  いや、それこそ望んではならない願いだ。那由多のせいで伯母は、聡介の母は死んだ。母が那由多を孕んだ儀式の夜、島民の義務としてそれを目にした伯母は心を病み、直後に死を選んだという。那由多が生まれる前の悲しい事件。それでも、素知らぬ顔で無関係だと割り切れるほど那由多は器用な人間ではなかった。次期当主の座を継がされるとともに真実を聞かされたあの夜から、那由多の心は彼女の死を負い続けた。那由多の生は彼女の死の鏡写しだ。いずれも等しく島の在り方が生んだ悲劇だ。  その那由多が、あの人に助けを求めるなど。 「……っ、は、」  ずぐり埋め込まれた異物の悍ましさに、またしても吐き気がこみ上げる。吐く物など、もう何も残ってやしない。吐瀉物で焼ける喉に込み上げるのは、やはり喉を焼くような胃酸ばかり。その喉にさえ今度は別の影が異物をねじ込んでくる。那由多の穴という穴を犯せとばかりに。 「歯を立てるな、弟。舌だけでしゃぶるんだ」  言いながら影は那由多の後ろ髪を無造作に掴むと、異臭のする草むらに那由多の顔を強く押しつける。この島では、誰も那由多を名前では呼んでくれない。ひょっとすると、那由多の名前を憶えてすらいないのかもしれない。誰も、誰一人として。 「ふ……ぅ、ぐ」  じんと目頭が痛み、目の前の影がぼやける。  ああ。何のために僕は、産まれて……
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