絶海に秘める恋唄(美形兄弟BL)

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◇◇◇ 「に……兄様……っ、あつい……」  縋るような声で呻くと、那由多は絹の羽衣に似た腕をするりと聡介の首に回す。応えるように聡介が打ち込みを深くすれば、目の前の完璧な美貌が苦悶に歪んだ。  ああ、堪らない。  この淫らな表情も、椿に似た甘い汗の香りも……絡みつく肉の貪欲さも。   雨戸を開け放った縁側からは、十五夜の月の光が惜しげもなく注いでいる。その青白い光の中で、人形すら見劣りがするほどの完璧な美貌が、絹糸の髪を汗で濡れた頬にべったりと貼りつかせ乱れている。なめらかな細面。細く高い鼻筋と、嫋やかな切れ長の眉目。全体に淡白な造りの顔で唯一、唇だけが熟れた柘榴のように赤く、それが、蒼白い月明かりの中で妖しくも凄愴な存在感を放っている。 「ああ……お前も……那由多」  そして聡介は、またしても弟の肉壺を深々と貫く。先端は奥を叩き、それが余計に堪らなかったのだろう、柘榴色の唇が絹を裂くような細い悲鳴を上げた。  ただでさえ喜怒哀楽に乏しく、そのうえ人形に比べてもなお端正な美貌を持つ那由多は、傍目には冷たい印象を与えるのか、島の同級生にはあからさまに距離を置かれている。が、兄の聡介に言わせれば、那由多ほど情熱的で、何より淫靡な人間は他にいない。  なおも肉壁は、ぢくぢくと聡介の芯を貪欲に舐め啜る。 「あぁ、兄様っ、やだ、いくっ」  にわかに声が裏返り、愛らしい喉仏が天井にぐいと突き出す。それを喰いちぎるかのように唇で食めば、またしても中の肉がぎゅっと締まった。 「だめ、いく、ひとりは、やだ、あんっ!」 「いけばいい。俺も……いく」 「や、兄様と、一緒じゃ、なきゃ――」  今度はその唇を口づけて塞ぐ。角度を合わせて唇を重ね、貪欲に舌を絡め取りながら、那由多の太腿を引き寄せ結合を深くする。骨盤と骨盤がぶつかり合い、骨が軋むほどの激しい抽挿を繰り返しながら、なおも聡介は那由多の唾液を貪欲に啜った。ぢゅるぢゅると下品な水音が耳の奥に響くと、あたかも結合部が立てる音にも聞こえ、そのいやらしさ度し難さに、聡介の雄はいよいよ硬度を増してゆく。 「那由多っ、いいか、このまま」 「はい、中で……だして、っ。僕も、兄様の子……っ」  孕みたいのです。  そう柘榴色の唇が言葉を紡ぐのと、聡介の雄が那由多の奥で爆ぜるのは同時だった。と、その熱に感応したのか、那由多の芯もまた熱を吐き、果てる。  一枚の布団の上でどろどろに熔け合った兄弟は、そのままの姿でしばし深呼吸をすると、やがて聡介の方から身を起こし、力尽きた弟の裸体を布団にそっと横たえた。 「兄様……」  濡れた瞳で兄をじっと見上げながら、鼻先で那由多が囁く。そんな那由多の唇にそっと口づけると、那由多は安心したように瞼を閉じ、やがて、安らかな寝息を立て始めた。  那由多が十歳を超える頃にはもう、この感情がただの兄弟愛ではないことに聡介は気付いていた。それから数年後、些細な偶然から弟の想いに気付いた聡介は、無我夢中で弟を求め、気付くと自分のものにしていた。  後悔は、した。  当時、聡介は大学生で、那由多は島の中学に通っていた。責任ある恋に踏み切るには聡介はまだ幼く、那由多に至っては恋愛そのものが早すぎた。加えて二人は兄弟で、しかも祀津の男だ。二人には、いずれ嫁を取り一族の血を次世代に繋げる責務があった。二人の想いは、元より叶うことのない徒花に過ぎなかったのだ。そうでなくとも祀津の血には――  それでも聡介は那由多を求め、那由多は聡介を求めた。那由多の未熟な身体は、聡介の人並み以上に大きな雄を、苦痛に喘ぎながらも懸命に受け入れた。おそらくは兄と繋がりたい一心で。  そんな健気で愛しい弟の、泣き腫らした目尻をそっと撫でる。 「……那由多」  餅のように白い那由多の肌は、ほんの些細な鬱血や充血でも紅葉を散らしたように紅くなる。もちろん痕跡も残りやすく、だから那由多を抱く時はできるだけ目立つ場所には痕を残さないよう気を払っている。学校での遠泳の授業や湯場などで、島の人間に関係を悟られるのは避けたかったからだ。  それでも本音としては、この、無垢な白肌に思うさま痕をつけたかった。どのみち永遠に続く幸福ではないのなら、せめて今だけは、と。  これは父や那由多にも伏せていることだが、すでに聡介は、密かに気象庁職員の新規採用枠に応募し、採用の通知を受け取っていた。古来より度々島を襲う〝海神の怒り〟の原因を科学的に突き止めるためで、しかしそれは、祀津の役割の放棄と、同時に那由多との別れも意味していた。  叶うなら、那由多も一緒に連れて出たい。が、聡介には自信がなかった。研究者として、何より大人として未熟な自分が、果たして、那由多を守り切ることができるのか。もちろん、連れ出したなら全力で守るつもりではいる。しかし、結果として研究の方がなおざりになれば、それこそ本末転倒だ。 〝海神〟の謎を解明しない限り、祀津は、そして聡介と那由多は永遠にその奴隷として生きるしかない。兄弟で島を捨てて生きるにせよ、聡介はともかく心優しい那由多は、万が一、島が〝海神の怒り〟で壊滅した日には彼自身を一生涯恨み続けるだろう。本当の意味で〝海神〟のくびきから解き放たれるには、謎そのものを解き明かす他に道はないのだ。  忌むべき運命から逃れるためにも、聡介はしくじるわけにはいかなかった。那由多が邪魔だとは思わないが、中途半端な真似もしたくはなかった。 「俺も……お前と二人で生きたい」  切なさを込めて囁くと、愛する弟の肩を聡介はそっと抱き寄せる。  謎は必ず解く。  だからそれまで、どうか。那由多。 ◇◇◇
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