オオカミ岩の物語

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かつてこの国が麻のように乱れた時代の話です。 ひとりの王が陥落(かんらく)間近の城の城壁から、 敵の数千の兵たちが手に手に松明(たいまつ)をかざし、 城を取り囲む様を、諦めを含んだ絶望のまなざしで見下ろしていました。 信頼に足る臣下たちは討ち取られ、残りの者もすでに散り散り。 背にある城内には忘れ形見の年若い姫君と、老いた者、女子供数名だけ。 ため息混じりにでた言葉は、(せん)ない繰り言でした。 「もしこの敵を退けてくれる者があれば、 わが最愛の姫を后としてあたえようものを・・」 その言葉を待っていたかのように、 王の前に一頭の大きな銀色のオオカミが姿を現しました。 「おお、ズィルバーン。どうした腹が空いたか。」 ズィルバーンはまだ目も開かない頃、 おぼつかない足でふらふらと城にやってきたところを、 姫に見つけられ慈しまれ 共に姉弟のように成長をしてきたオオカミでした。 今では王の目の高さとほとんど同じくらいの体高と がっちりした肩幅の見事な銀オオカミでした。 長い戦さですっかりやせ細ってはいましたが、 その緑色の瞳には、強い意志と気高さが溢れていました。 王はズィルバーンの頭に手をおいて、ふっと笑いました。 「そなたが我が臣下ならば、この敵を打ち払ってくれたあかつきに わが目の歓びたる姫を、お前に嫁がせもしようにな。」 ズィルバーンは頭をあげると王の目を真っ直ぐ見据えました。 そして一声、天に向かい星をも揺らすかと思われる咆吼(ほうこう)をすると、 音もなく城壁を駆け下り、敵軍の真ん中を駆け抜けました。
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