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「父上様。城の周りが静かになりました。
わらわたちはもう囚われて殺されなくてすみましたの?」
そのとき静かにズィルバーンは姫の元にゆき、
姫のたおやかな手の下にその大きな頭を差し入れて、
再び王の方をみつめました。
王の顔から血の気が引き、笑顔が消えました。
「この畜生めが!神の理も背き、我が最も尊い宝を辱めよというのか!」
姫が、対峙する父とオオカミの間に割って入りました。
そして静かに、驚いた顔のままこちらを見ている敵の恩首級をみつめました。
「父上様。このズィルバーンに何を約束されましたか?
それはこの醜き裏切り者の敵に、
この身を辱められることに勝ることでしょうか。」
「我が宝よ・・。」王はうめくように答えました。
「私は愚かにもこの畜生に対して、
この敵の首を取ってきたらお前を嫁にすると約してしまった・・。」
姫はしばし瞑目すると静かな口調で語りました。
「ああ、わが敬愛する父上様。
父上様は王であらせられます。我が民のため、一族のため
最も優れた者に命をされて、それを成し遂げさせたのです。
わらわの身ひとつ、なにを迷うことがございましょう。
そして王たるもの、一度口にした約を違えることはあってはならぬ事。
私は喜んでズィルバーンの妻となりましょう。」
姫はズィルバーンの大きな頭をその華奢な両腕で抱え、
血にまみれた顔に頬を寄せました。
ズィルバーンは再び天空に向かい高く吼えあげると
返り血を大輪の薔薇のように散らした、
白いドレスの花嫁をその背に乗せると、
自ら築いた骸を縫って深く暗い闇の森へと走り抜けました。
城壁の王は姫のドレスの白い布端が、闇に揺れて森に飲み込まれるまで
眼をかっと見開き、呼吸すら忘れておりましたが
やがて荒い呼気に声が混じり、慟哭となり呪詛の声になりました。
後悔と悲しみが絶望となり、恨みになり憎しみに変わった瞬間でした。
「敵はすでに消え失せたぞ!
さあ、誰ぞあの獣から我が姫を救い出すのだ!」
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