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窓から差し込む夕陽で茜色に染まった教室。
つい数時間前まで、席を埋め尽くしていたクラスメイト達の姿は既になく、今ここにいるのは俺と彼女の二人だけだった。
「あの。文月君。私に一体何の用なの?」
四年来の友人、十六夜月乃が身体をもじもじさせながら尋ねてきた。
夕陽を受けたその頬は、外の夕焼けと同じくらい赤く見える。
『赤っぽい光を受けて赤く見える』。それ自体は何ら特別でないことなのに。
今ばかりはその頬の赤色が特別なものに思える。
そう。今、この時ばかりは。
意識しなければいいのに、変に意識してしまったせいで胸が高鳴ってしまう。
落ち着け。落ち着け。情けないぞ。今だけは男らしくしてくれ。
自分に言い聞かせながら、拳を固く握りしめる。
そして、少し俯き加減だった頭を持ち上げて、真っ直ぐ十六夜の顔を見つめる。
これから俺が何をするのかなんとなく察しているのだろう。
彼女も緊張しているようで、その顔は少し強張っていた。
「あの、十六夜」
「う、うん」
勇気を振り絞って第一声を発する。
俺の言葉を受け止んとするように身構える十六夜を見て、とうとうこの時がやってきたんだという実感が湧いてくる。
緊張が増す。
頭が熱くなってくる。
やっぱり逃げたいという気持ちが俺の心を揺さぶり始める。
けれど。もうここまで来たんだ。今更引き返す訳にはいかない。
今日こそ。今までこの胸で温めてきた想いを彼女にぶつけるんだ。
ほんの少し目を瞑って、目を開ける。
そして、彼女の大きな目を見つめながら俺は思いの丈をぶつけた。
「今までずっと好きでした! 付き合ってください!」
思い切り頭を下げ、右手を差し出し、彼女の言葉を待つ。
二人だけの教室が静寂な空気で満たされる。
そして、悠久とも思えるような短い時間を経て、少女の柔らかい声が聞こえてきた。
「ありがとう。私も文月君の事好きだったから、とっても嬉しい」
「じゃあ!」
覚悟していた言葉よりも、そして期待していた言葉よりも、ずっと良い言葉が返ってくる。
歓喜し、跳ね上がる心に釣られて勢い良く顔を上げ、今しがた相思相愛と判明した少女の顔を見た。
けれども、そこにあった少女の顔は俺の想像していたものと異なる表情をしていた。
「でも、ごめんね。私、君と付き合う勇気がないの」
悲痛な面持ちで俯く少女の口が小さく開く。
そこから発せられた小さな声で紡がれた言葉が、大きな衝撃となって俺の心を砕く。
「なんで……だよ」
絶句し、呆然と立ち尽くす俺。
十六夜は、ハの字に曲げた眉の下にある丸くて大きい目に涙を湛えながら視線を逸らした。
彼女の目尻から雫が零れる。
それは赤く染まった彼女の頬を通りながら地面にぽとりと落ちていく。
「十六夜……」
俺は十六夜に差し出したままの手を伸ばす。
彼女は避けるように一歩下がる。そしてそのまま半回転し、彼女の背後にある教室の入口へと身体を向けてしまう。
沈みかけた太陽の暗い光に照らされる彼女の背中。
十六夜の嗚咽と共に震える薄暗い背中は、実際の距離よりも遠くにあるように感じた。
「一時間後」
「え?」
ぽつりと十六夜が呟く。
反射的に情けない声をあげる俺に対し、彼女はもう一度、はっきりとした声で言った。
「一時間後。学校の裏山にある高台に来て。そこで待ってるから」
そう言い残すと、彼女は逃げるように教室の外へと駆け出した。
「待ってくれ!」
手を伸ばす。けれどもその手は当然彼女に届かず、虚空を切った。
俺一人残された部屋に俺の声が木霊する。
日没間際の真っ暗な教室。
俺はその中で、ただ一人、手を伸ばした姿勢のまま、彼女の走り去った方向を眺め続けるのであった。
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