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温泉街の祭り
古い温泉宿が立ち並ぶ、寂れた温泉街。その旅館の二階にある部屋、男二人がチラつく雪に煙る通りを見下ろしている。
「いやー、あの夜、先輩と偶然に居酒屋で出会えて良かったです!こんな珍しい祭りを紹介してもらえたんですから!山奥の寂れた温泉街でしかない、この美菜葉(ミナバ)町にお祭りがあるなんて、僕は知りませんでした。その名も、
『美菜葉の獣踊り』
聞いた事のないお祭りでしたよ」
「俺も驚いたよ、たまに観てた、
『日本の奇祭』
サイトの管理人が、大学で可愛がってた後輩だったとはな」
「でも先輩、本当にお祭りがこんな寂しい温泉街であるんですか?」
「なんだよ、疑ってんのか?お前、車で来たんだろ?こんな場所に、人が多くいるのは、変だと思わなかったか?」
「確かに変だと思いましたよ、人は多いし、しかも女の人ばかり……ただ、どこにもお祭りの看板も案内も出てないし、ネットにも、そんな情報ありませんでしたから」
「ま、もうすぐ始まるから、大人しく待ってろよ」
「そうですね……しかし、こんな旅館の部屋まで取ってもらって良かったんですか?」
「気にすんなって、実はココの旅館の主人は、バイクのツーリング仲間でな、真冬になると、この辺りは雪が深過ぎて、こんな山奥の温泉街に客は来ないんだと。だから、格安で貸してくれるんだ」
「へー、でもお客さんの少ない真冬にお祭りをやるのは、もったいないですね」
「そう思うよな……だが、それには、ちゃんと理由があるんだ、まずこの祭りの開催日は……いつも決まっていないんだ」
「え?毎年、冬に開かれるんじゃないんですか?」
「そう、冬とは決まってない、前回おれは、初めてこの祭りを教えてもらって、見学させてもらったんだが、それは真夏だった……5年前のな」
「5年前⁈……それって、オリンピックよりも長いじゃないですか」
「あぁ、でももっと長い間、開催されない事もあって、10年以上もこの祭りがない時だってあるそうだ」
「10年以上って……何かわけがありそうですね」
「そうなんだ……それにはある植物が関係しててな」
「ある植物?」
「ああ、この温泉街を取り囲む山々のある場所に、この地域にしか生息しない木があるんだそうだ……そして、その一つに樹齢千年以上っていう大木があってな」
「……『御神木』ってやつですか?」
「まぁ、そういう物だろう。ただ、専門家が言うには、その大木はもう数百年も前に……すでに死んでいるそうなんだ」
「……死んでいる?」
「ああ、だが何故なんだかわからないが、その大木には、なんの前触れもなく、突然……花が咲く時があるらしい」
「へぇ……死んでるはずなのに、不思議ですね」
「そして、その花が咲く時、山の獣達が、大木の周りで眠るように死んでいるんだと……それも何十頭も」
「えぇ⁈……じゃあ、その木が生気を吸いとるとか?」
「さあな……ただ、昔からその大木に花が咲いた後には、決まって災いが起こったらしい。まるで、山々が怒っているように」
「災いですか……」
「困った人々は、山神が怒っていると考えて、それを鎮めるために、祭りが、開かれるようになったんだとさ」
「山の神を鎮めるため……」
「あぁ、それから数百年もの間、大木に花が咲くたびに、祭りが開かれているんだ」
「なるほど、だからお祭りの開催時期は、不定期になるのか……貴重なお祭りなんですね!先輩、教えて頂き感謝します!」
「まぁ、それだけ珍しい祭りって事だ。サイトで、良い記事にしてくれよ」
「はい!そういえば、このお祭りの踊りは、女の人だけが踊るんですよね?しかも、一般の女性も参加自由だとか」
「そうだ、とにかくこの踊りは、滅多にお目にかかれない代物だ、必見だぞ」
しばらくすると、街は夕暮れを迎え、電灯ではなく、松明の灯りが街のあちこちに灯り始め、祭囃子が鳴り響いた。
「ややっ!先輩、いよいよ獣踊りが始まるのですね!さぁ、沿道に行きましょう!」
「いや、このままでいいんだ」
「え?このままって……せっかくお祭りを、沿道で見ないんですか?」
「いや……見ちゃいけないんだ」
「見ちゃ……いけない?」
「本当はな……なにせ、この踊りは、人々に向けたものではなくて、山の神に向けた踊りだからな」
「え……じゃあ、どうすれば……」
「この部屋にいるんだよ、踊り子が踊りながら通る、大通りに面したこの旅館の部屋の窓辺から、コッソリと見るんだよ……さ、早く電気を消せっ!あっ……ちょっと待て」
先輩は、急いでカバンから、ライターとロウソクを取り出し、火をつける。
「電気はダメだが、ロウソクの灯りなら、バレないんだ、街の松明の灯りに似てるからな……あと、声が聞こえるとまずいから、これからは小声で話せよ」
通りでは、祭囃子に合わせて、カラフルな着物の踊り子達が、奇妙な踊りをしている。
「へぇ、珍しいですね、普通の踊りの振り付けの中に、四つん這いになる踊りが入っているなんて……しかも、あのメイク、奇妙だなぁ……」
「そうだろ?あのメイクは、何を意味するか分かるか?」
「えっと……あっ!……分かった!!あの人はキツネで、あっちの人は……ヘビ、そしてあの人は……あっ、キジだ!なるほど!!……女の人達が、様々な獣になり変わって踊る……これが、『美菜葉の獣踊り』なんですね!いやぁ、珍しい!良いものを見せてもらったなぁ!」
真夜中に差し掛かる頃に、踊りは終焉を迎えた。
「先輩、素晴らしいものを見せて頂き、ありがとうございました!興奮が醒めないうちに、これからすぐに帰って、記事を仕上げますよ!」
「帰る?何を言ってるんだ……まだ祭りは終わってないんだぜ?」
「え?踊りは、終わりましたけど……」
「まぁ良いから……もうしばらく見てろよ」
踊り終えた踊り子達は、通り沿いにある旅館に入って行く。しばらくすると、女達が、透けるように白い浴衣を着て通りに出てきた。
「え!女の人達が……なんともあられも無い姿で……なんか身体から湯気が……髪もどこか濡れているような……あぁ!これは、お風呂上がりですね!あっ、沿道に屋台のようなものが、いくつも出てきた!あれは……ご馳走とお酒だ!」
「そうだ……今夜、彼女達は、この山々の神や獣の化身なんだ、だから、街の温泉も料理や酒も……全て彼女達の物となる、もちろん、すべて無料で振舞われる」
「なるほど、だから女性のお客さんばかりが、いたんですね!……あぁ、楽しそうだ!みんな、浴びるようにお酒を呑んで、ご馳走を頬張ってる!……しかし……あれ??……なんか……豪快……ですね……どこか……貪り食ってるような……女である事を忘れているような……いや……もはや、人である事さえ忘れてしまっているようだ!」
「そう、その通りだよ、彼女達の食べている料理や酒には、ある植物が使われてるんだ」
「植物……もしかして!」
「分かったか?」
「あの……大木の……」
「そうだ、あの樹齢千年以上の大木の実が、あの酒や料理、温泉の湯にまで、ふんだんに使われているんだ……何百年も世間には非公開なんだが……あの実には、不思議な力があってな……」
「不思議な力?」
ああ、なんでも、その実は、女性のみに反応するらしい……その効果は絶大で、女性の美貌や若さが死ぬまで保たれる……という成分が、豊富に含まれてるんだそうだ……その反面……理性が飛ぶほど酔ってしまうんだ」
「理性が飛ぶって……それって、大丈夫なんですか?」
「さぁな……あまりに希少な実だから、世間には公表されていないが……俺の勘では……一種の魔薬のようなものなんだろう……良くも悪くもな……だから、全国からこの田舎の祭りに、女ばかりが集まるんだ」
通りでは、裸同然の姿で、女達が呑む、食う、叫ぶを繰り返している。中には喧嘩をする者、女同士、数人で性行為をしている数人が、真冬の月明かりに照らされている。
「なるほど……確かにこれは……狂っている!着飾った着物を脱ぎ電気…化粧を落とし……欲望のままにむさぼる……まさに、
『獣踊り』
とは、この光景の事か……踊りは、終わってなかったんですね……しかし……先輩、コレでは、獣を通り越して……
バケ……?
化け……?!
ミナバ……?
ハッ!!そうか!そういう事かっ!!先輩っっ!!」
「……へへっ、やっと気づいたか……
この祭りの名前に」
「……『美菜葉の獣踊り』……それは、つまり……
皆、バケモノ……
『ミナ、バケモノ踊り』
って事ですね!ハハッ!
確かに、皆、バケモノばかりだ!」
「バカッ!!声がデカい!……あっ!まずい!!女達に気づかれた!
お、オイッ!!部屋を出て隠れろ!
捕まると何をされるかわからないぞ!!」
その後、彼等の姿を見た者は、いなかった。
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