第一話 神前伊弦という少年

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第一話 神前伊弦という少年

 その少年には、他の人には視えないものが視えた。黒い葉の形をしたものを身につけた狸のような四足歩行の生き物や、白い角を生やしたユニコーンのような外見をした上半身に人間の足を持つ生き物、果ては藁の傘をかぶった一つ眼の甚平姿をした女の子など。  幼いころは友人と思っていた彼も、成長するにつれて分かった。  自分とは違う、彼ら(・・)は――化け物であると。  化け物、妖怪、世の中にいる“悪さをする”それらを祓い、場を浄化あるいは事件解決をする祓い師として、裏世界で活動するようになってはや五年。  外は昼間だというのに、部屋の電気をつけず、太陽の灯りで部屋の中をうっすら明るくしながら、椅子の上で少年はあぐらをかいていた。 「えーと? こっちは“店の軒先に置いている野菜を食い荒らす野良犬をどうにかしてください”、こっちは“蔦に覆われた洋館を建て直したいので蔦だけを燃やしてください”……」  ぐしゃり。彼は依頼が書かれている紙を握りつぶすようにぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に向かって放り投げた。ボールのようになった紙は、ゴミ箱の縁にワンバウンドして中へと入る。 「オレは祓い師であってなんでも屋じゃねえっつうの!」  神前(かんざき)伊弦(いずる)。ミントのようなパステルグリーンの色をした髪に、サルガッソ海のように明るい青の瞳をしている十八歳の少年だ。やや長めの前髪を右手でかき上げるようにしながらハァと息をついた。 「ったくよ……、って、あ、こら!」  白に青い線が入った小鳥がゴミ箱の中へと入るのを見逃さなかった伊弦はすぐ叱るように声を出した。 「ヒミコ、やめろ。ゴミ箱の中で遊ぶな」 「キュィイ」 「んなかわいい鳴き声でごまかしてんじゃねえよ、人魂のくせして」  悪態をつく伊弦に、鳴き声をはっした鳥は青白い火の玉へと変わった。 「あぁん!? じゃあいうけど、人様からの依頼を“ケッ”って捨てるんじゃないわよ!」  人魂、であるがゆえ、目がなければ耳も口もないはずだが、伊弦にはしっかりその姿が見えるし怒った声もしっかり聞こえている。 「あのな、オレは祓い師なの。ヒミコはオレのパートナーだから祓われてないのわかってるか?」 「だから何? 伊弦は自分が上だっていいたいの?」 「そうだよ」 「勘違いしないでちょうだい。私が、伊弦を呪えばすぐ死んじゃうんだから」 「それよりオレの呪文の方がは・や・い! 残念だったな!」 「祓い師だっていうなら、さっさと私を祓えばいいじゃない。できるもんならね!!」 「うぐ……」  そう。伊弦は、祓い師だ。妖怪、バケモノ、他の人には視えないものが視える。それは瞳が関係しているとかいないとか、伊弦は母親から聞かされていた。真相はよく分からないまま、母親はとっくに病気で死に、父親は行方知れずである。いや、本当は居場所は突き止めている。塀の向こうだ。  会わなくなって五年は経つ。“神前”というのは母親の姓だ。  伊弦はヒミコを祓うことはできない。それはヒミコがいなければ、力を使って祓うことができないからだった。伊弦が祓い師としての能力を行使するためには、人外であるヒミコの協力が不可欠だった。それゆえ、黙り込んでしまう。  ちなみに、ヒミコ、という名前は卑弥呼は全く関係がない。人魂ではあるが火の魂でもあり、声からして一応女性という性別に分けられることから伊弦が名付けたものだった。 「ま、このお手紙はともかく。最近依頼が多いのは本当よね。祓い師って、伊弦以外にいるの?」 「……いないな。聞いたことがない」 「そんなに化け物がはびこる世の中ってことなのかしら。大変ねえ、まだ十八なのに」 「もう十八だ。投票だってできる。……行かないけど」 「行ってから言うことね」  そうやって話していると、ステンレスのドアをコンコンと誰かがノックする。 「はあい? どーぞー」  伊弦がいうと、ドアがゆっくり開かれる。顔をのぞかせたのは、フードを深めにかぶった少女であった。
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