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グラウンドから聞こえてくる部活中の音をBGMに、私たちはホッチキスをパチンパチンと鳴らしながら、淡々と目前の資料をまとめていた。
二人で作業し始めてから十五分ほど経過しているが、一切会話は交わされていない。
互いに謎の緊張感が走る。大変居心地が悪い。
私はなんとか平生を装っているものの、実はホッチキスを持つ手が震えており、それを悟られまいと強く握っていた。彼は能面のおかげで表情がわからないため、彼の感情を読み取ることはほぼ不可能だ。不快な気持ちにさせていないか、とても気になって仕方がない。
「鼠谷さん」
「ひゃ、はいっ」
噛んだ、恥ずかしい。一瞬だけ死にたい気持ちになった。
「足……、もう大丈夫なの?」
「え、あ、ああ足ね。少し違和感は残ってるけど、生活に支障を来さない程度には歩けているから平気だよ」
「そっか。なら良かった……」
ああ、やっぱり彼は……。
思った言葉を心の中で味わうように飲み込んだ。
「心配してくれてありがとう。それと、助けてくれてありがとう」
「え?」
「半年前、歩けなかった私を背負って保健室まで連れて行ってくれたでしょう」
「ああ……。あんなの、たいしたことないよ。僕じゃなくても誰かがしているでしょ」
「それでも助かったし、私は嬉しかった。だから、ありがとう」
彼は言葉を飲み込むように口を閉ざした。次に言った言葉は、私の予想外の視点から飛んできた。
「鼠谷さんは、どうしてそんなに優しいの?」
「私が優しい?」
「優しいでしょ。足を怪我したときも、鼠谷さんは倒れてきた支柱を避けれたけど敢えて避けなかった。避けたら、後ろにいる友人に当たってしまうから」
「偶然だよ」
「それに、今こうして僕と普通に話してくれている」
彼の中で、私は聖人君子にでも見えるのだろうか。私はそこまでできる人間でもなければ、そこまで綺麗な心も持ち合わせていない。
「僕の噂、知っているでしょ?」
「知ってるよ」
「……あれは本当のことだ。僕には顔がない」
それは、半年前まで遡る。彼がバケモノとして呼ばれるようになった起因は、最初に彼を「バケモノ」と呼んだ生徒にある。体育の授業が終わったあと、その生徒は彼のことを強く訴えるように同じことを皆に言い回った。──彼の顔は、人間なら誰しもあるはずの目や鼻、口が一切なく、代わりに塗り潰されたように真っ黒だった、と語った。『破魔叶太には顔がない』という事柄が学校中に広まるのは一瞬で、多くの者が彼を恐れ、あっという間に彼を孤立した。
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