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「僕に顔がないのは先天性のものじゃない。大昔から僕の家系では、十三歳になると顔がなくなる男児が一人だけ生まれる。ご先祖様が神様に逆らった呪いが代々受け継がれてきているだのだと、言われているけれど本当かどうかはわからない」
彼はホッチキス留めをしながら、机に向かって言った。その声は僅かに震えていた。それが、きっと彼の小さな不安の現れなのだろう。
「ご先祖様は何をしたの?」
「わからない。ただ、この呪いは神様からの罰なんだ」
「そう……」
「僕は三年以上もこの呪いを背負って生きてきた。中学生のときは何度も転校したし、何度も引っ越しした。だから、独りは慣れているから……」
「から?」
「無理に話す必要もない」
「私が普通に君と話しているのは、そんなに変?」
「へ、んだよ……。嫌なら言ってくれ。無理させたくない」
「無理してたら、こうして手伝って貰ってないよ。それに、私が優しいのは下心があるからだよ。最初に言ったでしょう? 優しいのは私じゃない」
そのとき、彼はハッと我に帰ったように、私の二度目の言葉の真意に気づいた。
私は優しくないではなく、優しいのは私ではない。
では、一体誰のことを言っているのだろうか。
「半年前、ケガをした私に声をかけてくれたとき、偶然にも破魔くんの素顔を見えちゃった」
そう言うと、彼は息を詰めたように手を止めた。
「そのとき見た破魔くんの素顔は私の見間違いかと思うほど真っ黒で、そこには何もなかった。怖いと思うよりも、私は驚いて何も考えられなかった」
「…………」
「でも、私に声をかけてくれたときの破魔くんは少し泣きそうな声をしていたんだよ。ケガをしているのは私なのに、どうして彼が泣きそうなんだろうと思ったら笑えて。私を保健室まで運んだら、私によく頑張ったねって言ったの覚えてる?」
「……僕、そんな偉そうなこと言ったっけ?」
「言ったよ。頑張ったねって、破魔くんが自分のことのように嬉しそうに笑ってくれた。私はそれがとても嬉しかった」
「笑った……? 僕が?」
いつのまにか、互いに作業の手が止まって、互いに向かい合って話していた。
彼は動揺しているようだったが、私は段々と心が落ち着き始めていた。
私の心は嬉々していた。この気持ちをようやく伝えられる機会があるこの現状に、目眩を起こしそうなほどに高揚していた。
「独りが慣れている人は、放課後にグラウンドがよく見える図書館に行ったりしないよ」
「どうして……」
私の言葉に彼は驚愕しているのがわかる。
どうか引かないで。私の話を聞いて、私の気持ちを聞いて──。
「休み時間になると、皆に気を使って教室を出るよね」
「…………」
「君は皆のためと思ってしているのかもしれないけれど、破魔くんがいないと皆寂しそうな顔をするんだよ」
「ウソ……」
「嘘じゃないよ。皆、どうやって接したらいいのかわからないだけだよ。破魔くんが優しい人だと知っているから」
「本当に……?」
「私もね……。私も、君の顔を見て言いたいことがあるの。半年前から、ずっと言いたかったことなんだ。君の顔を見て言いたい」
私は今とても図々しく身勝手なことを言っている。彼にとっては暴かれたくないものを暴いてほしいとお願いしているのだから。
膝の上に乗せた手が小刻みに揺れている。再びドクドクと鼓動が大きな音と速さを増して動き始めた。声が震えないように一言一句、力を込めて声に出さなくては……。
「……いいよ」
やがて、彼が答えて、能面をかけた。
私は強く拳を握ってから、手を開いて彼に差し出した。
「半年前、心配してくれて、励ましてくれて、助けてくれてありがとう。他者を思って独りになる君を、独りが慣れていると言いながら放課後になると皆を楽しそうに見ている君を、自分のことのように笑ってくれる君を、私は知った。知る前よりも、この気持ちはどんどん強くなった」
「…………」
「ずっと前から好きでした。私と友達から始めてくれませんか」
そのときの光景を、私は今でも忘れない。
半年前に見た真っ黒に染まった顔と、私に微笑みかけてくれた朧げな素顔の二つ──。目前の光景にあるのは、半年前に一瞬だけ見せたものと同じだが、今回は一瞬なんてものではなく明瞭に見ることが叶った。彼の素顔を覆う真っ黒なものが砂のように呆気なく散っていき、彼の本当の素顔を現した。
それは、子供のように涙を流しながら、太陽のように笑う、私が恋をした彼の表情だった。
彼は恥ずかしそうに涙を袖で拭いて、私に向かって手を伸ばした。
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