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プロローグ
半年前のことだ。
その日の体育の授業は、男女共に体育館で行われた。
授業が終盤に差しかかり、早々に女子は片づけに入っていた。そのとき、先程まで隣のコートでバスケをしていた男子が唐突に音を止めた。シンと静寂と化した中、彼らは身動きっできないほどに狼狽している。
何事かと皆が注目する。教師も生徒も、誰に言われたわけでもなく自然と授業が中断した。
多くの男子の中心で、顔を膝に埋めてしゃがみ込む一人の少年にがいた。少年のすぐ側には、哀れにも真っ二つに割れた能面が落ちていた。
破魔叶太──彼は常に能面をつけ、素顔を隠して生活している。
彼が素顔を隠す理由を、知る者はいない。彼自身も深く語らない。だから、皆口々に噂する。大きな傷があるのではないか、醜貌だからではないか、などと能面の下にある彼の素顔を憶測する。
その真実は、彼のみぞ知ることだ。
このときまでは──。
やがて、ハッと我に返ったように男子を担当する体育教師が、彼に自分のジャージを頭から被せた。この場から離脱しようと、教師に支えられながら立ち上がる彼に向かって、目前にいた生徒が蒼褪めた表情で指さした。
「バケモノ――」
呟くような言った小さな声は震えていた。それなのに、よく響いた。
この場にいる誰もが息を呑んだ。
その直後、誰かが危ないっと声を上げた。声の方に振り向くと、私の目前にバレーボールのネットを張るための支柱が束になって倒れてきた。
どうやら、目前の光景に夢中で、側にいた生徒が壁にかけていた支柱の存在を忘れてしまったようだ。動揺して、後退した足に支柱を引っかけてしまった。
ゆっくりと倒れてきた支柱に、私は避けようと身体をずらしたが、背中にいる友人に気づいて、動きを止めた。
カランカランと音を奏で、強い衝撃が骨に響き、電流のようなものが上に向かって走り抜ける。
気づけば足に支柱が乗っていた。
「――っ」
思わず顔をゆがめて、出そうになった声を呑み込んだ。
近くにいた友人が心配そうに声をかけてくる。先生もすぐに駆け寄ってきて、私を背負って保健室まで向かおうと提案してくれた。しかし、私はその提案をありがたく思いつつも断って、自分の足で保健室に向かった。今は授業中だ。私一人のために、先生の時間を割くわけにはいかない。
少し離れたところから、祈るように両手を握り締め、困惑している女子を見つけて、すべてを察した。彼女の肩に手を置いて、本当に大丈夫だから、と小さな声で言ってから、この場を離れた。
体育館を出てから、しばらくしてから右足がジクジクと広がる痛みを自覚する。目線を下げると、右足に大きなコブをつくって腫れ上がっていた。不思議なことに、その足を見た瞬間、今まで我慢できていた痛みが激流のように襲ってきた。右足は熱がこもって、痺れている
私は廊下の壁に身体を預けて、その場に座り込んだ。
「痛い……」
やっぱり背負って保健室まで連れてってもらうべきだったか……。
「大丈夫……?」
そう言って、背後から訪れたのは頭からジャージを被った男子生徒だった。言わずもがな、先程バケモノと呼ばれた少年だ。
そのとき、ジャージと長い前髪の中から垣間見た彼の素顔に、私は大きく目を見開いた。まるで霧が腫れたかのように明瞭に彼が見えた。その瞬間、私の心は鷲掴みにされたように奪われた。
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