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第1話
私には【尊い存在】がある。
しかも【ショーケースに飾ってずっと見ていたいくらいの】という枕詞のつく存在だ。多くの腐女子が一度は通るカップリング【美形×平凡】を具現化した二人が同じ大学に通っているなんて! 私は前世でかなりの徳を積んだのよ、間違いない。そうじゃなきゃこんな二人を間近で見られるなんて絶対ないもの。
しかも攻めが自分の従弟! これがステージなら関係者席の最前列でかぶりつきで見てもいいポジション。もう最高なんですけどー!
「おい明日華、おまえ誰に許しを得てひぃくんと連絡先交換してんだよ」
伯父さんの家で従姉の美咲と、昨日のオンリーイベントの戦利品を吟味していたら、突然椎名が入って来て柄の悪い口調で絡んできた。
「え、椎名帰ってたの? 何かあったん?」
大学の近くに一人暮らし……もとい、恋人とラブラブ同棲生活を送っている椎名が実家に来るなんて珍しいものだから、美咲が驚いてる。美咲は椎名の姉で、私とは従姉妹同士で腐女子友達でもある。
うちの家系は昔から美形が生まれることが多く、自分で言うのもなんだけど私も大学のミスコンで優勝するくらいには外見に恵まれてる。美咲も美咲の姉の理絵ちゃんも美人だし、椎名に至っては見た目だけじゃなく頭もいいから学生でありながら起業家でもある。当然、ハンパなく女の子にモテるわけだけど、そんな椎名が愛して止まないのは【一見平凡実は可愛い受け】の陽向くん――通称・ひぃくん。
この美形×平凡のカップリングが、今の私の癒やしであり尊い存在なのだ。
私は一応隠れ腐女子なので(そもそも腐女子であることをリアルで全開にしてる子なんて滅多にお目にかかれないけど)、この萌えを大学の友達とほとんど共有できないのがもう……。
「同じ大学にこんな尊いCPがいるのー! 尊み秀吉ー!!」と叫びたいのに叫べないこのつらさが分かる?
心でほぅ、とため息をつくと、椎名からピリピリした空気が伝わってきた。
「ひぃくんの実家からいろいろ送られてきたから届けに来ただけだよ。……明日華おまえ、ひぃくんに余計なこと言ったらブチ殺すかんな、クソが」
「やだぁ椎名ったら、言葉遣い悪すぎぃ。そんな姿、ひぃくんに見られたら嫌われちゃうわよ?」
「俺のひぃくんはそんなことじゃ嫌ったりしねぇんだよ。何せ器が太平洋よか大きいからな」
「へぇ……椎名の器はお猪口より小さいのにね?」
「あぁ?」
「だぁって、友達と連絡先交換したくらいでそんないきり立っちゃってさ。ちっさいちっさい」
ひぃくんとつきあってからの椎名はと言えば、それはそれはキラキラ輝いていて、周りの子たちもその眩しさに驚いてるくらい。
それにひぃくんの前でかっこつけたいのか、猫を二重にも三重にもかぶって万能紳士を気取ってるものだから、一見するとヘタレ美形攻めからスパダリ美形攻めにメタモルフォーゼしたのかしらと思えなくもない。
でもこういうところを見ちゃうとやっぱりヘタレだわ。
「おまえとひぃくんが繋がると嫌な予感しかしねぇんだよ!」
「へぇ……そんなこと言っちゃっていいんだ? 私ねぇ……ひぃくんから相談受けてるんだから」
私が意味ありげな表情でそう言い出したものだから、椎名は怯んで言葉が詰まってる。
「っ、な、何を……?」
「二月十四日のこと。……なんの日か、知らないわけじゃないよねぇ?」
「に、二月十四日……っ、ま、まさか……っ」
そう、日本全国で大量のチョコレートが消費される日――バレンタインデー。このカップリングの初めてのバレンタインデーだから、ひぃくんが何をしたらいいのか分からなくて私に相談してきたの――というのは、椎名に対する建前。
本当は、私からけしかけたんだけどね。
***
十日前――
「ひぃくん、こんにちは」
大学のカフェで一人空き時間を過ごしていたひぃくんを見つけた私は、すかさず隣に陣取った。椎名は講義が入っているのを私はちゃんと知っているから、邪魔されることはないはず。
「あ、こんにちは、緑川さん」
ひぃくんと椎名がつきあってそんなに経っていない頃、私と椎名の仲を誤解させちゃって彼を泣かせちゃったこともあって、私は腐女子のけじめとして土下座する勢いで謝った。
そしたらひぃくん、
『椎名も本当のこと話してくれたし、気にしないでください!』
と言って笑って許してくれたの。あぁ可愛い。椎名が好きになるのも分かる笑顔だわ。
それからは顔を合わせれば笑顔で挨拶してくれるようになって、ほんと感じのいい子で、椎名にはもったいないとさえ思った。
「明日華でいいよぉ。緑川さん、って言いづらくない?」
「あ、じゃあ明日華さん。何か用ですか?」
「ひぃくん、もうすぐバレンタインだけど何か考えてる?」
「え? あー……はい。椎名、甘いもの好きだし、初めは普通にチョコあげようかと思ったんですけど……」
ひぃくんが苦笑いしてる。何か不安でもあるのかしら。
「けど?」
「きっとあいつ、たくさんチョコもらいますよね。だからチョコじゃない方がいいのかなーとか、いろいろ考えちゃって」
確かに椎名は去年までは毎年えげつない数のチョコレートをもらって帰って来てたから、ひぃくんの心配も分かるんだけどね。さすがに今年は断るでしょ。ひぃくんを泣かせるようなことは二度としないって誓っていたもの、あいつ。
「まぁ……今年はひぃくん以外からは受け取らないと思うけどなぁ」
「だと嬉しいんですけど」
ここで私の瞳はキラーンと光る。
「ねね、ひぃくんにしかできないことで、確実に椎名が鼻血出すくらい喜ぶプレゼントがあるんだけど」
「マジですか?」
ひぃくんの目も輝いた。よっし、食いついてきたわーいやっふー!
私は耳元でその提案を囁く。するとひぃくんは目をぱちぱちと瞬かせた後、眉をひそめた。
「そ、そんなことで椎名が喜ぶんですか……?」
「うん、私が保証するから」
「でも……俺そういうのやったことないし……」
「大丈夫! 全面的に私が協力するから! なんなら費用も全部私が負担するし!」
私が鼻息を荒くしてそう言うと、ひぃくん若干引き気味で手を振った。きっと彼の中の私のイメージはどんどん壊れていってるだろう。ひぃくんになら本性バレてもかまわないけどね。
「あ、いえ、それは大丈夫ですけど」
「じゃあ、私も準備手伝うから連絡先交換しない? もちろん椎名には計画は内緒だよ。驚かせたいでしょ?」
「わ、分かりました」
ひぃくんがスマホを出してきた。スマホケースがシロクマなの。椎名が言ってた通り、シロクマ好きなの可愛い。
そうして連絡先の交換に成功したのだー。ふふふー。
ひぃくんと別れた後、私はもう一度スマホを出して友達に連絡を取った。ひぃくんのバレンタインの手伝いをするためには不可欠な友達だ。事情を話したら喜んで手伝ってくれるって。
やっぱり持つべきものはオタクの友よね。
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