T-king

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「え?俺?」 自分を指さし答えてみると、彼女は頷いた。 「えーっと、あの、何か?」 俺は何を言われるのかドキドキしながら身構える。 「あ、あの。今日からこのアパートに引っ越してきた。西城美琴(さいじょうみこと)と言います。よろしくお願いします」 そう言うと、彼女は深々とお辞儀をした。 それを聞いて、俺は大家の谷口さんとの朝の会話を思い出す。 「あぁ、君が新しい人か。うん、大家さんに聞いてたよ。俺は岩崎って言います。こちらこそよろしく」 彼女が何故俺と同じ方向に歩いていたのか、何故俺に急に話しかけて来たのか、謎は解け安堵した。 しかし、次の瞬間、彼女の言葉に俺は驚愕する。 「岩崎さんって、T-kingさん、、、ですよね」 ・・・・。!!!。 「え?今何て?」 「私ずっとあなたの事を探してました」 動揺は隠せず、俺の目は泳ぎ、体全体に冷汗が流れる。 「いや、T-king?何の事かな?」 「隠さなくてもいいです。それに、隠しても無駄です」 彼女はおもむろに肩から掛けていたカバンを開くと、数枚の写真を取り出し、俺に見せた。 「そ、それは!?」 その写真にはどれも俺が写っていた。 写っているだけならまだいいのだが、写り方がまずい。 何故なら、どの写真も俺が外道の罪を暴くための写真を撮っている光景がそこにはあったからだ。 「すみません、、、。盗撮してしまって」 盗撮する外道。 その外道を盗撮する俺。 そして、外道を盗撮する俺を、更に盗撮した彼女。 盗撮のスパイラル。 「岩崎さんは覚えてないかもしれませんが、数年前私は盗撮の被害に会いました。犯人は、私を好きだと言ってくれた男の子。けれど私が、他に好きな人がいると断ったことが気に食わなかったようで、その仕返しだったとか。男の子は、撮った写真をすぐにネットにばら撒いたそうです。きっと今も、私が知らない所に写真が、、、。 でも、岩崎さんがいなかったらもっと被害にあっていたかもしれない。今でも覚えています。私の足元にヒラリと舞ってきた一枚の写真。裏にはT-kingと書かれていた。最初こう思いました。何故、そんなに回りくどいやり方で、、、と。けれども、盗撮は現行犯か、物的証拠がなければ犯人を逮捕することは難しいんですよね。だからあなたは」 俺は何も言わず、ただ彼女の話を聞いた。 さらに彼女は話を続ける。 「私、ずっとあなたにお礼が言いたかった。だから、あなたをずっと探してました。けれど、写真を一枚ヒラリと置いて去って行くあなたを探しようがなかった。途方に暮れる数年間でした。そんな時、私はある日偶然あなたが写真を一枚落とす瞬間を目撃したんです。私はすぐにあなたに声をかけて、お礼をしようと思いました。けれど、それだけでは確証がなかったし、何より正体を隠すあなたのことだから、私がお礼を言っても自分は違うと言うのでは、と考えたんです。 だから、それからと言う日々、私はあなたがどこに住み、どこで働き、どんな日常を送っているのか、調べました。そして、十年ほど前、あなた自身盗撮で捕まったこと、それが原因で職を失い心身共に疲弊しきったあなたを、今働く工場長に拾ってもらったこと。自分の罪を懺悔するように、T-kingを名乗り。日頃から街を見回り、時には悪用されそうなカメラを調べ、時には犯人の心理描写を探り、模倣犯が出る可能性も踏まえ、盗撮もののアダルトDVDを借りていること。 憶測の部分も多いですが、きっと私の考えは間違いないと思っています」 、、、。 「岩崎さん自身、盗撮で捕まったことがあると知った時は、正直幻滅しました。けれども、自分の犯した罪を悔い改め、盗撮を撲滅しようとするその行動、私は立派だと思います。それと、最初は、あなたにお礼が言いたかった私でしたが、あなたの姿を陰から見ているうちに、私もあなたの力になりたい。私のように被害に会った人を助けたいと、不思議とそんな気持ちが沸き起こってきたんです。だから、、、。だから、その。私をあなたの弟子にしてください!!ここへ引っ越してきたのも、そのためです」 彼女の言っていることは、全て正しかった。 俺自身も元は外道だ。 被害者に一生残る心の傷を背負わせてしまった。 だからこそ、俺は同じ外道が現れないようにと、自らが抑止力となり、少しでも被害者を出さないよう、町工場で拾われたことを機にT-kingの活動を始めた。 今に至るまでの人生を振り返る中、俺は彼女の目をしっかりと見た。 そして、その真剣な眼差しに、俺は彼女に対して片手を出す答えを出した。 「参った。降参だ。そう、君が言う通り、俺はT-king。そして、君の熱意は伝わった、これからよろしく」 彼女は嬉しそうな、泣きそうな表情を浮かべながら俺が差し出した手を握ると、「はい」とだけ答えた。 握手を交わす二人の間に風が吹く。 何か新しいことが起きる予感。 けれども、新しい何かが起ころうと、俺の成すべきことは変わらない。 俺と同じ外道の罪を暴くだけ。 俺の名は、岩崎真。 罪を知り、罪を暴く、盗撮を制する王。 そう俺の名は、『Tousatu-king』
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