1人が本棚に入れています
本棚に追加
あの日
「おーい、岩崎。今日はもう上がっていいぞ」
都心から電車で一時間ほど離れた町工場で、俺は毎日仕事に励んでいた。
「岩崎!おい、岩崎!聞こえてないのか?」
「あ、工場長。すみません。
いや、もう少しでこの仕事片付きそうなんで」
工場長はため息をつきながら、俺の肩にポンと手を乗せた。
「仕事熱心なのはいいが、聞こえているなら返事をしろ。この歳になると声張るのがしんどいんだ」
「すみません、気をつけます」
「それから、仕事熱心なのはいいが、お前は頑張りすぎだ。ここに勤め始めてから今まで一度も仕事を休んだことがないだろう?あきらかに体調が悪そうな時にも、お前は大丈夫だと言って、休まなかった。ブラック企業がなんだのと、世間ではちょっとした事でもすぐに騒ぎ出す時代だ。お前が大丈夫でも、俺も工場も困ることが起きたらこっちとしても大変なんだよ」
「はい、すみません」
深々とお辞儀をする俺に、工場長はまた、ため息をついた。
「はぁー、本当に分かっているんだか。俺の事だの工場の事だのと能弁垂れたが、実際そんなことはどうでもいい。俺は本当にお前が心配なんだよ。それに、もしお前が休まない理由があの事についてなら、、、」
そこまで言って、工場長は口をつぐんだ。
「いや、悪い。これ以上は言い過ぎだな」
「いえ。むしろ、心配してくださって有り難いです。こんな俺を拾ってくださり、育ててくれたのは他でもない工場長です。感謝しても感謝しきれません」
工場長は俺の言葉を聞いて、それ以上何も言わなかった。
その後、俺は仕事に戻り一時間ばかし作業を続けた。
ある程度仕事を終わらせると工場長に帰宅することを告げ、俺は工場最寄りの駅に向かう。
俺の名前は岩崎。岩崎真(いわさきまこと)。
年齢は今年で丁度40才になる。
俺が町工場で勤めた始めたのは、10年前。
今の工場長、林さんがまだ一社員だった頃、捨て猫みたいに心も体もボロボロだった俺を見かね、「俺が工場長に掛け合ってやるから、お前うちに来い」と言われ連れていかれた。
林さんは何度も、何度も頭を下げ、俺を町工場に置いてくれとお願いしてくれた。
俺は、今でもあの時の林さんを忘れられない。
そして、同時に俺は自らが犯した罪の重さ忘れてはならないと、あの時誓った。
あの日から、
パシャ
一心不乱に働き。
パシャ
そして、一心不乱に。
パシャ
俺と同じ罪人を暴いた。
最初のコメントを投稿しよう!