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がーるずとーく
年の瀬が近づくと、世の中は意味もなく忙しくなる。
それは一般家庭でも一般企業でも、市役所でも同様だ。
今年の内にやるべきことをやっておきたい市民の皆さんは、十二月になると何故か親の敵のように来庁する。
その為一番から四番までの窓口に加え、この時期は前田課長も加わって窓口業務を遂行するのだ。
「疲れました……初めての十二月がこんな激務だとは……」
昼休憩時、寧々が突っ伏して言った。
「まぁ、毎年のことよね……私が来て二年目で、加藤さんが三年目か……あっ、もしかしてそろそろ移動の希望出すの?」
芳子がハッとして美織を見た。
「うーん、悩んでるところです。慣れてるしここの方が楽なんですよねー。でも、辞令が出ればしょうがないですけど……」
「一から違う仕事覚えるのめんどうだもんね。でも早い人は三年で移動になるし。一応構えとかないとね?」
「そうですね。因みに福島さんは一番最初は何課でした?」
「教育委員会」
「あー、なるほど。全く畑違いですねー」
芳子は大きく頷いた。
「だからねー大変だったわよ。辺境の島からいきなりネオンギラギラな風俗店に連れて来られたみたいで」
(それはどんな例えなのよ……)
美織は口に出さなかったが、寧々は能天気に芳子に聞いた。
「どういう意味なんです?それ?」
芳子はニヤリと笑うと説明を始めた。
「ど田舎から上京した小娘が、都会のキャバクラに放り込まれるようなものかしら?」
「うーん……わかるような、わからないような………ん?でも、ということは……ですよ?私と美織さんはいきなり都会のキャバクラに放り込まれたと!?」
寧々は大袈裟に目を丸くして見せた。
その様子に美織は吹き出しそうになるのを必死で堪える。
寧々の言動はいつも斜め上をいく。
昼食時でも、飲み会でも、明るく話を盛り上げるのは彼女の仕事だ。
「そういうこと。だから、擦れないでね。いつまでもピュアな寧々ちゃんでいて下さい」
と芳子は意味深に笑った。
クールな主婦はいつも期待を裏切らない。
寧々のボケに上手く皮肉めいたツッコミをいれるのだ。
「もちろんです!!私ほどピュアな公務員は他にはいませんからねっ!」
まぁ、寧々も負けてはいないのだが。と美織は目を細めた。
「ていうか、美織さんはもう働かなくてもいいんじゃないですか??」
寧々の矛先が急に変わり美織は激しく噎せた。
おそらく寧々が言いたかったのは、美織が語った数日前の焼き鳥屋での一件だろう。
隆政と付き合うことになったと、その一件の翌日寧々には話していた。
また、その翌日には芳子にも。
プライベートなことをペラペラと喋る必要はない。
美織はそう思うタイプだが、こと隆政との件については職場の皆様に迷惑をかけっぱなしでいる。
だから一応報告までに「そういうこと」になったと伝えたのだ。
ポンコツや何だと散々悪口を言っておきながら、突然付き合うことになったなんてどう思うだろうと、驚かれるのを覚悟していた。
だが意外にも寧々と芳子は驚かなかったのだ。
「まぁ、そうだと思いましたよ」
と寧々は言い、
「いいんじゃない?金持ちだし」
と芳子は言った。
そして二人とも、びっくりするくらい何も美織に尋ねなかった。
同期入社の他課の子が、どこからか聞き付けてやって来たりしたがそれ以外は静かなものだ。
お陰で美織は普段と全く変わりない生活を送ることが出来ている。
インテリヤクザもあれから見かけてはいない。
隆政の方が何とかしておく、と言っていたからその話は纏まったのだろう。
美織も隆政のスマホから行政に連絡を取った。
そして付き合うことになったからということを報告し、自分を家督相続の揉め事に巻き込んだことを一喝した。
最初朗らかだった行政の声は次第に沈み、最後にはほとんど聞こえくなってしまった。
行政は暫く元気がなかったそうだが「みおが爺さんと食事したいって言ってる」と隆政が告げると、何故だか少し復活したらしい。
「玉の輿ですし?働かなくても生きられますし?」
寧々の茶化す声に、美織は考え事から現実に引き戻された。
「何言ってるの?結婚するなんてまだ……」
「え?しないの?」
クールな主婦は珍しく目を丸くした。
「えーっと、まだ早いかなぁと。仕事もあるし?」
「ふぅん。でもね、生き甲斐を感じる程の仕事でもないじゃない?そりゃあ、いろいろ保証されてるし、倒産なんてないわ。だけど逆にそれが仕事する意欲を削いでる気がしない?」
と言う芳子の言葉に寧々が身を乗り出した。
「あ、それわかるかも。やってることが同じですもんね」
「そうね、つまり……凪いでる海なのよ。波がなく穏やかで動かずどこにも辿り着けない」
「なんか……それを聞くと凄くつまらない人生ですよね……」
寧々はガックリと肩を落とした。
しかし、美織の考えはそれとは少し違っていた。
「凪いでるなら、オールを持って漕ぎ出せばいいんじゃないかな?どこかに辿りつけるように」
なんだか恥ずかしいことを言ってしまった!と美織は後悔した。
だが寧々も芳子も、真剣な顔でなるほどと頷き、改めて美織を見る。
「素敵ね、きっとそういうところが玉の輿に乗れる秘訣なんだわ」
「ですね!私も今実感しましたよ!ポンコ……黒田さんもそういうところに落ちたんだわっ!」
(やめなさい、恥ずかしい!!)
やたらと玉の輿を連発する二人の前で、美織は箸を持つ手を震わせながら最後の一口を放り込んだ。
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