海の見えるカフェ

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海の見えるカフェ

海の見えるカフェは新しく出来た港のビルの最上階にあった。 複合型のその施設は一階にフェリーの待合室と切符売り場があり、二階から五階まで色々なショップが入っている。 あるのは知っていたが来たことのなかった美織は、興味津々でキョロキョロと目を泳がせた。 エスカレーターで最上階へ向かうと、カフェの前には多くの人が列を成して順番を待っているのが見える。 その中を隆政は美織を伴いスイスイと抜けていった。 「予約してるの?」 恨みがましく見る人々の視線に耐えながら美織は尋ねる。 「ああ。そりゃあね。何?並びたかった?」 そんなわけない!と言うのがわかっているのにわざわざ聞く……そんな隆政を思いっきり睨んで膨れていると、ウェイターが慌てて出てきた。 「黒田様!!お待たせ致しました。どうぞ」 「ちゃんとあの席取ってる?」 「もちろんでございます!」 「すまないね、ありがとう。さぁ、みお、おいで」 腕をとられ歩いていくと、そこには一番海寄りの広いテーブルに、前面180度マリンブルーが広がる景色があった。 「す……」 あまりのことに語彙力がすっかり消えた美織は、そう言ってそのまま隆政の顔を見た。 「す??」 隆政は笑いを堪えるのに必死だ。 「すごい……」 やっと出てきた言葉もこの程度。 それほど、眼前に広がる景色は筆舌に尽くしがたかったのだ。 「ほら、景色は逃げないから。座ってゆっくり見るといいよ」 その声で我に返った美織は後ろで困り顔のウェイターに軽く頭を下げると、漸く椅子に座った。 「気に入ったみたいでなにより」 「まさかこんなに素晴らしいなんて思わなかったわ。これは、みんなに話してあげないと!!」 と、美織は鼻息を荒くした。 「みんな?」 「あ、うん、職場のね」 「それはぜひ宣伝してもらいたいね!みおの友達ならすぐに予約取っておくから」 その隆政の言葉に、さっきのシチュエーションが浮かんできて美織ははっとした。 慌てて出てくるウェイター。 簡単に取れる予約。 これはもう……あれしかない。 「ここも、黒田造船所有??」 「そうだよ」 「ああっ!恐ろしい。こんなアナザーワールド実際にあるのね!恐るべし、黒田造船!!」 美織はもう心の声を隠さない。 「いやいや、別にそんなこと……このくらいで驚いてたら……」 「やめて……もうそれ以上言わないで……怖くてお昼ご飯が喉を通らなくなりそう……」 「ふ、はははっ!それじゃあ、結婚したら大変じゃないか」 「ん?……隆政さん?それは……」 美織はじとっと隆政を睨む。 「うん。諦めてない。そもそも諦めるなんて一言も言ってない。でも、そんなに重く受け止めなくていいよ。みおはそのままで。俺が頑張るから」 飄々という隆政に呆れはしたものの、最初の傲慢さに比べたら天と地ほどの差がある。 そう思うと、彼は彼なりに変わろうとはしているんだなとその前向きさがとても眩しくもあった。 ただ、等しくみんながそうであるように『人は簡単に変われない』のは事実。 変わろうと思っても、やはりもとの性質は変えられないものだ。 今まで生きて来た人生の、それこそ根底を覆すような何かと出会わない限り。 「変な人。まぁ、そのうち飽きるんでしょ?」 と、軽口を叩いた美織を見る彼の目は一瞬とても悲しそうに揺らめいた。 あれ、と思ったがそれは運ばれてきたスープの美味しそうな香りに上書きされてしまった。 ****** 「ねぇ、そういえば今日の目的が果たされてないわ!」 「え?何だっけ?」 モンブランをつつきながら、美織は思い出したように隆政に詰め寄る。 実際さっきまで忘れていたのだが出張の話を切り出された途端に、頭の中にアレが思い浮かんだ。 「マーライオン!お土産でくれるって!待ってろって言ったわよね!ね!」 「……なんでそんなに勝ち誇ったような顔してるんだ?ああ、そうか。君は、俺が買ってこれなかった、無理だったって言うのを期待してるんだな?」 「……嫌だわ。そんなこと……あるけど」 隆政は今まで見たことないくらい楽しそうに笑った。 そして人生最大の意地悪顔をしているだろう美織を、愛しそうに眺めるのだ。 (何?ドSに見えて本当はドMなの?) そんな下らないことを考えていた美織の前で、隆政は腕時計を見てうん、と頷いた。 「そろそろかな?」 「は?」 「みおが欲しくて欲しくてたまらないものだよ。あ、そうだ少し庭に入らせてもらったけど構わなかったかな?」 (事後報告!?そして、何故!?) 「……はぁ、まぁ、庭くらいなら……でも、なんで……」 「そうか!良かったよ!」 美織の疑問はまるっと無視され、隆政は肯定の部分だけを聞いていたようだ。 「少し早いけど行ってみる?お土産渡すよ」 嫌な予感しかしない……。 考えもスケールもまるで違う隆政の行動を計りかねた美織は仕方なく頷いた。
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