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御曹司は規格外
走行音がまるでしない車内で、美織はいろんな想像を膨らませてみる。
(庭に入ったって言ってたわよね?誰が?隆政さんは一緒に居たし……私が欲しくて欲しくてたまらないもの……いや、本当はそんなに欲しくないけど、この場合はマーライオンで間違いないわよね。隆政さんの知り合いがマーライオンを置いていったのかな?うちの庭に??)
いくら大きいマーライオンでも、お土産用のものはサイズが限られる。
だったらそんなもの直接手渡しすれば事足りるのではないか。
なんでそんな回りくどいことを?と、考えてみたが、全くわからない。
隆政の表情から読み解こうとするが、それでもわからなかった。
終始ご機嫌な彼は、行きと同じように信号待ちで美織を見ては微笑むというのを繰り返すだけだった。
(良く飽きもせず見れるものね。あっ!ひょっとして私、凄く面白い顔をしてるのかも?……なんてね)
鏡で見る顔がとても平凡なことは、美織が一番知っている。
特徴もなくインパクトもなく、たぶん一度見てもすぐに忘れてしまうような顔。
何か悪いことをして似顔絵を書こうとしても、その特徴の無さにきっと困るに違いない。
思考がマーライオンから逸れたところで、美織は車外の風景がよく知っているものに変わったのに気付いた。
車はどんどん美織の家に近付いて、静かに家の前に止まる。
「着いちゃったけど……」
「そうだな。とりあえず降りようか?」
助手席のドアを開けた隆政に手を取られ、美織は庭に移動した。
加藤家の庭はとても狭い。
入ってすぐの所に紅葉の木があり、その横に椿、そして美織が育てる薔薇の鉢植えが三個置いてある。
さて、どこにいるのかマーライオン?と、探す必要は全くなかった。
真っ白な大理石で作られた艶やかなボディ。
緩やかな曲線が愛らしいフォルム。
それは狭い庭の中で、窮屈そうに美織を見つめていた。
後に加藤美織さん(当時25才)はその時の状況についてこう語ったという。
『それは圧倒的な存在感であった』と。
「た、隆政さん……これ……」
「マーライオンだよ」
「ええ、見ればわかるわっ!!だからどうしてこっ、こんな、デカイ……」
美織は隆政に詰め寄った。
「本物っぽいやつ欲しいって言ったろ?それにな、実はこれ、ただの置物じゃない」
「……何なの?」
(激しくイヤな予感がするっ!)
「暗くなったら、動くものに反応して目が光る」
「……っ…センサーライト……!」
「そうそう。防犯にいいだろ?みおがマーライオンが欲しいって言ったとき、ちょうど石材店の友人が大理石でマーライオンを作ってたのを思い出して。ちょっと加工してもらったんだよ」
「……へぇ、それはまた(迷惑な)偶然ね」
「だろ?1人暮らしの女性の家だからね。防犯は必須だよ。裏側にソーラーパネルがついてて電源は要らない。ああ、それから寝る前にスイッチを入れておくと、侵入者があったとき警備会社に連絡が行くようになってる」
美織は一瞬目眩がした。
「うわぁ……すごーい……本格的ね……」
「あれ?反応が薄いな、やっぱり水を吐かないとだめか??」
「と、とんでもないっ!!!」
こんな狭い場所で、水など吐かれてはたまらない。
これだけは全力で否定した。
だが、マーライオンに関してはもう何の反論もする気はない。
これは隆政のスケールの大きさを見謝った美織のミスだ。
(まさかこんなに常軌を逸しているとは思わなかった!!金持ちって……怖い)
と、改めて自分と隆政の間の大きな溝を痛感するのである。
全てを諦めた美織は庭のマーライオンをマジマジと見た。
(凄い光景ね……。これが現実なんてまるで思えない。ほんと、バカバカしい)
美織は何故か笑いが込み上げてきた。
質素な庭にそぐわない大理石のセキュリティマーライオン。
このとんでもない非日常が、美織の安穏な日常を壊して行くのがどこか楽しくもあった。
「ほんっとに!もう!あなたって清々しいくらいにバカね!この庭にマーライオンなんて……おばあちゃんが見たらきっと大笑いするわ!」
本当に、このおかしな光景を七重に見せてあげたかった。
と、美織は庭から見える仏間を振り返る。
「みおが欲しいって言ったものは何だってあげるよ」
何を悪びれることもなく隆政が言った。
「とんでもないものだったらどうするのよ。別荘とか、飛行機とか」
「そんなもの欲しがらない。みおはそんな女じゃないだろ?」
「だから、私の何を……ま、いいわ。ね、暗くなるまで待ってる?マーライオンの目が光るとこ、見てないんじゃない?」
「見てないな。性能も確かめてないし……ここで待ってていいか?」
珍しく少し遠慮がちに言う隆政に、珍しく美織も満面の笑みで言う。
「仕方ないわね、コーヒーでも淹れようか」
それから玄関の戸を開けて、暗くなるまで二人で待った。
やがて、日が落ちてくるとマーライオンの姿は辺りに溶け込み見えなくなる。
だが隆政が玄関先に一歩出ると、鋭い二つの眼が『ピカーッ』と光り、どこまでもその姿を照らし続けた。
「うん、高性能だ」
と、隆政は満足そうに微笑んだ。
こうしてマーライオンは、加藤家を守る?ことになったのだ。
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