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二度目のお出かけ
二度目のお出掛けはわりとすぐに決まってしまった。
美織がバラを育てているのを見た隆政が、知り合いのバラ園に行かないかと誘ってきたのだ。
観光パンフレットにも載る、そのバラ園はとても多くの種類があり、国内でも有名でこの時期は多くの観光客で溢れている。
美織もぜひとも一度は訪れたいと思っていたのだが、1人だとどうしても億劫になって今まで行けずじまいになっていた。
確か今なら秋のバラが美しく咲いているはずだ。
想像するその見事な光景に、美織はたまらずもう即答でイエスと返事をしてしまったのである。
そうしてマーライオン事件から一週間後の秋晴れの日曜日、美織はまた黒の高級車に乗り込もうとしていた。
バラ園は橋を渡った2つ向こうの島にある。
昔はフェリーでしか行けなかった島々には、今は大きな橋が掛かり行き来も便利になったのだ。
少し遠出のお出掛けに、美織は運転のお礼を込めて二人分のお弁当を用意していた。
「え、何?その大荷物。泊まるの?キャンプ??」
迎えに来て開口一番、隆政が尋ねた。
美織は二人分のお弁当を隠すため、非常に大きなバックパックで現れたのだ。
いや、別に隠す必要はなかったのだが、特に付き合ってもないのにお弁当を作るということが恥ずかしかった。
恥ずかしければ作らなければ良かったのに、それに気付いたのは、もう作り終えた後だったのである。
「ええと、いろいろと、その、準備してたら増えちゃって……」
「ふぅん、まぁいいけど。泊まりたいなら旅館でも手配するのに」
と、隆政がニヤリと笑う。
「違うから……ちゃんと帰るからっ」
慌てて否定すると、美織は助手席の開いたドアに飛び込んだ。
橋の上から見る海の景色は最高に美しい。
キラキラした水面を走る白い波は、秋の少し薄い太陽の光を浴びて鮮やかにさざめいている。
隆政は運転中にも美織の仕事の話、彼女自身の話をよく尋ねてきた。
最初はあまり言わずにおこうと思ったことでさえ気安さに負けて、つい喋ってしまう自分がいる。
それは、彼の巧みさか、自分の迂闊さか。
そもそも、強引さに負けて、友達からという条件で始まったこのよくわからない関係は一体何に向かってるのだろうか。
向かったその先にあるのは、たぶん別れだろうとは知っている。
どんな形になっていても、最後は別れて終わるのだ。
それが隆政と自分にある決定的な生まれの差であり、育った境遇の違いであることに美織は最初から気付いている。
相容れない存在、一番遠い場所にいる人。
それが、今も美織の持つ隆政のイメージだった。
「もうすぐ着くよ」
「あ……うん」
隣で笑う隆政はそんな美織の考えにはきっと至らない。
そう考えて何故か胸がつかえて堪らなくなり、美織は窓の鮮やかな青に目をやった。
秋バラが見頃を迎えた日曜日は多くの観光客でいっぱいだ。
美織は大きなバックパックと共に車を降りた。
だが背負おうとすると、バックパックは途端に重量がなくなり美織の手から離れてしまう。
「あ、いいよ、私持てるから!」
「ダメ。俺が持つ。こんな重いの、みおに持たせられない」
「え、でも。悪いし……」
「いいから!黙って任せときなさい」
キリリとした表情の隆政に、美織は少しだけドキッとした。
そして、改めてこういうとこがモテる一因だなと納得する。
「じゃ、お願いします……」
「はいはい。任せといて」
そう笑うと、美織の背中をスッと押して歩き出す。
(何から何までスマートだわね……ポンコツの癖に!)
と、絶対叶わない悔しさから、美織は悪態をつくのであった。
隆政は美織を伴い、まず事務所に向かった。
そこにいる知り合いに会うためだ。
バラ園の主は隆政の小、中学の同級生らしく、高校を卒業してからすぐ海外のガーデニングを学ぶため渡英した。
そして3年前、ここにバラ園を開業したのだ。
「よぉ、理一。久しぶり」
「……あ、隆政!?どうしたんだ!?え、幻??」
大きな体格の日に焼けた青年は、驚いた顔で隆政を見ていた。
「幻……って、どういう意味だよ」
「そのままの意味。花になんか興味ねーだろうが……あ、ああ、そうかそうか。そういうことな」
理一と呼ばれた青年は、ひょいと隆政の後ろを見ると納得したように頷いた。
「どうも、こんにちは。境理一です。ここのオーナーやってます」
「こんにちは、加藤美織です」
「勝手に挨拶するな、話しかけるな、近寄るな」
理一の差し出した手をバシッと叩き落としながら、隆政は二人の間に割り込んだ。
「……何だよ、お前、そんなだったか?オレの知ってる黒田隆政はもっとこう……」
「うるさいな、もういいだろう。少し挨拶に寄っただけだからな。さ、みお、行こう」
と、美織の手をぐいぐい引いた。
「待て、案内してやる。バラの詳しい説明もしてやるぞ」
「断る!邪魔されたくない」
「お前はそうでも、加藤さんはそう思わないかも。どう?」
理一は美織に尋ねた。
「せっかく来たんだから、バラの説明聞きたいです。あと、いい肥料とかあったら教えてもらいたいし」
乗り気でない隆政の顔色を伺いながら、美織は理一にそう告げた。
「な?ほら、一緒にいこーぜ!」
「……みおが言うなら仕方ない。だが、1メートル以内に近付くのを禁止する」
「お父さんかよ!ったく、余裕ねーなぁ。そんなんじゃ嫌われるぞ」
「余計なお世話だ」
隆政と理一は幼なじみらしく、言いたいことを言い合ってとても息が合っている。
そんな二人を見て美織は眩しそうに目を細めた。
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