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彼に起こった出来事
「事故死!?ご両親が!?」
「うん。それは家族で出掛けた帰りだったんだ。大きなお弁当をお母さんが作ってさ……そのすぐ後事故ったらしい」
「だから……私のお弁当を見て?」
「中学ん時な、運動会で皆が家族でお弁当食べるだろ?その時初めて、さっきみたいな隆政を見た」
「それは……病院には?」
「心的外傷後ストレス障害、っていうの?随分見てなかったから、もう出ないと思ってたけど。まだだったか……」
理一は天を仰ぎ、美織は俯いた。
知らなかったとはいえ、隆政の傷を呼び起こしたのは美織だった。
もう1つショックだったのは、何不自由なく育ち傲慢で何でも手に入っていると思っていた隆政が、実は自分と同じだったこと。
何より違う世界の住人だと決めつけた自分の浅はかさがとても嫌だった。
「知らなかった……まぁ、当たり前なんですけど……」
「そうなの?彼女なのに?」
理一は不思議そうな顔をして美織を見る。
「彼女じゃありません。友達……という約束です」
「え?え?どういうこと?わかんないんだけど」
美織が一連の流れを簡単に説明すると、理一は最初から最後まで大笑いし、仕舞いにはベンチから転げ落ちた。
「うっそだろ?あいつはあほか!ははっ、いや、昔からなんでもそつなくこなすヤツでな、そりゃあもう嫌味なくらい。それが……必死かよ!!」
「何ででしょうね?私が知りたいですよ。他にいくらでもいるでしょ?」
「それは違う」
理一は少し真面目な顔になって美織に向き合う。
「あいつはかなりモテたけど、自分から声をかけたことなんてない。それに加藤さんに見せるような独占欲は全くないやつだった。どちらかと言えば、何でもどうでも良かったんだと思う。だから、加藤さんは違うんだよ」
理一が言う「違う」という意味が美織にはよくわからなかった。
どういう意味の違うなのか、それを尋ねようとしたとき後ろから声がかけられた。
「悪い……迷惑かけた……」
少し髪の乱れた隆政がすまなそうに立っている。
「別にー、そんなの前からだろ?」
「だな……まぁ……ありがとう」
「オレはいい。加藤さんに謝っとけ」
と言うと理一はさっと立ち上り、事務所に向かって歩き出した。
そして一度振り返って美織に言う。
「加藤さん、よろしくね」
「へ?……」
何がよろしくかわからない美織は、変な顔のまま呆然としたが、理一はふっと笑うとそのまま去って行った。
残されたのは、ばつが悪そうに立ち竦む隆政と、困ったような顔の美織。
だがいつまでもそうしていても仕方ない、と、美織は手招きしベンチの隣をポンポンと叩いた。
すると、呼ばれた犬のようにピクッと体を震わせた隆政がゆっくりと歩み寄り音もなく隣に腰かける。
「……ごめん。急に変なことになって。驚かせたと思うけど……もう、大丈夫、だ」
まず隆政が発したのは謝罪だった。
「そうですか、良かった。でも、隆政さんが謝ることないですよ。悪いのは私です」
「……いや、みおは全然悪くない。理一に聞いたんだろ?俺の変な病気のこと……外で食べる弁当は、両親の事故を思い出して、辛い……」
「……変じゃないですよ?それは、あなたが優しい証拠だと思う。私、勘違いをしてた。隆政さんは自分と違う世界の人だとずっと思ってた。だけど……一緒だった」
隆政は次の言葉を待っている。
「私の両親も事故死なんです。だからどうだというわけじゃないけど、さっきみたいになってしまうの、わかる気がする。私だって、両親が死んだときああいう顔をしてた。でも……」
美織は当時のことを思い出した。
今日の隆政と同じような顔をしたとき、美織を助けてくれたのは、動けなかった美織をそっと抱き締めてくれたのは。
七重だった。
と。
「私はおばあちゃんに助けられた。おばあちゃんに抱き締められて思いっきり泣いて……悲しみを半分ずつ背負ったの」
隆政は暫く美織を見つめていた。
瞬きもせずに。
そして、目を逸らしたと思ったら次に真剣な顔になって言った。
「俺もそうされたら治るのか?」
「わからない……」
美織は首を振った。
その次の瞬間、ほんの思いつきのように隆政が呟いた。
「……腹が空いた……」
「は?何ですか?突然……」
「弁当、食べたい」
「な、何いってるんですか!?さっきお弁当を見てあんなことになったでしょ!?ダメですよ!」
「大丈夫そうな気がする……試してみたいんだ」
「気がする……って……そんな……」
あれほどの目にあったのに、能天気に話す隆政に正直腹が立ったが、彼は彼できっとどうにかして症状を克服したいのだ。
そう思うと協力してあげたい気もしてくる。
「……じゃあ、このバックパックの中にお弁当を置いたままで、見えないようにして食べたら?」
「そうだな。やってみてもいいかな?」
美織は頷くと、バックパックのジッパーを下ろして中を覗き込む。
手探りでお弁当の蓋を外し、紙のお皿におにぎりと卵焼き、唐揚げときんぴらを盛り付けた。
そしてそれを恐る恐る隆政に見せる。
「大丈夫そう?」
「あ………」
少しひきつったような顔になるが、なんとか必死で耐えている。
そんな姿を見て美織の胸は痛み、その瞬間思わず手が伸びた。
美織の手は、隆政の頬に触れている。
その手に驚いて目を見開いた隆政は、勢いで美織の手にあった皿を受け取った。
「みおの手に集中してるとかなり気が紛れる。そのままでいて」
「ちょっと……これかなり恥ずかしいんだけど……」
休日のしかも昼過ぎのバラ園の混み具合を舐めてはいけない。
このベンチの前も沢山の人が通り過ぎ、二人をチラッと横目で見ていくのだ。
「恥ずかしさに頬を染めるみおをおかずに弁当を食うって、最高だよ」
そうやって変態じみたことを言う隆政はいつもの調子がもどっているかのようだ。
「食べれたのはいいけど、いつまでこの状態!?」
「俺が食い終わるまで」
爽やかに笑う隆政に、恨みがましい目を向けて、美織は激しく鳴り響く腹の虫と闘い続けた。
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