クールな主婦の考察

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クールな主婦の考察

「今の……何だったの?加藤さん、大丈夫?」 前田課長は二人の姿が消えると、心配そうな顔で美織の元にやって来た。 来るなら困っている時に来て欲しかった! と、出かかった言葉を飲み込んで、美織はふぅとため息をつき言った。 「お騒がせしました……何だか、良く分からない人たちでしたね……えっと、何かのトラブルでしょうか?あはは……」 力なく答えると、前田課長はあっけらかんとして言った。 「だけどさぁ、両方とんでもない男前だったよね?加藤さんを巡ってのケンカとかじゃないの?」 (それは……どうなんだろうか……ある意味そうなんだろうか……いやだ、いやだよぅ……) 「そんなこと ……ないです……よ……」 「そう??ふーん」 前田課長の目が猜疑に満ちている……。 「まぁ、気を付けてね。ここの課じゃないけど、そういうトラブルで包丁持って来られたこともあるから」 美織のひきつった顔を見て、前田課長は急に朗らかに笑いだした。 (何笑ってんの!?笑う場面違うでしょうが!!) 「加藤さんはしっかりしてるから、そんな心配皆無でしょ?わかってるって!」 「ええ……まぁ……」 とりあえずそう答えるしかない。 事情を知らない前田課長はケラケラと笑って去っていったが、事情を知っている2番、3番、4番窓口の面々は複雑な表情でこちらを見ていた。 寧々なんておじいさんの話を聞きながら、もう目はこちらをガン見だ。 (これは昼休み、質問攻撃だわね……) と、美織はまたまた大きく溜め息をつくのであった。 ******* 「何だか災難だったわね、またポンコツさん絡みなの?」 お昼休み、開口一番芳子が言った。 今日の当番は寧々と前田課長だ。 そのことに昼休み直前に気付いた寧々は、ものすごく悔しそうな顔をしていた。 まぁそうだろう。 美織が寧々の立場であったとしても、こんなスキャンダラスな案件を放っておいて仕事をするのはごめんだ。 面白おかしく話を聞いて他人事のように笑いたい。 だが! それは他人事であればこそで、自分に降りかかったことならばもう全く笑えない。 ていうか泣きたい。 と美織は項垂れた。 「そうですね……私は一体何に巻き込まれているんでしょう……」 目の前のお弁当が全然減らない美織を見て、芳子もその手を止めた。 「最初に来たインテリヤクザ、あれは何しに来たの?」 芳子もインテリヤクザだと思ったのか! 共通の認識を持っていたことが嬉しかった美織は、少し安堵して話始めた。 「あれ、黒田造船の専務ですよ」 「へ!?あら!で?」 「貴女に結婚を申し込みに来ました……と、言われました……」 美織は成政の真似をして言ったが、成政の話し方を知らない芳子はそれをスルーした。 そして少し恥ずかしくなっていた美織に、ふぅんと事も無げに言ったのだ。 「え?それだけですか?」 「いや、羨ましいなって……少し嫉妬。うーん、あれじゃない?遅れてきたモテ期?」 芳子は本当に羨ましそうにうっとりとして言った。 (モテ期?いやいやいやいや、違うでしょ?黒田家限定だから!黒田さんちの坊っちゃんにだけモテるっておかしくない!?) 「モテ期……ではないと思いますね、むしろ……呪われているとかそんな感じですよ……」 美織は吐いて捨てるように言った。 そして、実際言葉にしてみると本当にその通りだと思ったのだ。 その発端は……そう、やはり行政の来訪から。 七重と何かしら関係のある行政、その行政の言葉にのせられてのこの事態だ。 「モテ期でないとすると……やっぱり御大(おんたい)が絡んでるとしか思えないわね」 お弁当をまたつつき始めた芳子は、美織の頭の中を読んだように言った。 「御大(おんたい)?」 「黒田行政社長。………ポンコツさんに聞いてみた方がいいよ。言わないかもしれないけどね」 そう……隆政に聞いても多分言わない。 何回か美織はその事に触れていた。 その度に理由もなく「みおじゃないとダメなんだ」の一点張り。 まるで、その理由を知れば全てが消えてなくなるかのように頑なに伏せるのだ。 (だけど、そこにこの事態の原因があるのなら……それを知りたい……でも……) 「ポンコツさんよりもインテリヤクザの方が喋ってくれそうよね?」 芳子はまたまた、美織の頭の中を読んだように言った。 踏んできた場数が違うのか、桁外れに感がいいのか。 いつもクールな主婦芳子は、こういった男女間の機微にとても敏感だ。 そう言えば財政課の有馬を落とすために、寧々にアドバイスをしていたのも芳子だった。 美織は改めてこのクールな主婦を尊敬の眼差しで見つめるのである。
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