4051人が本棚に入れています
本棚に追加
美味しい焼き鳥の店
それから10分ほど車を走らせ、潮の香りがする海沿いの道の途中で車は止まる。
そこには一軒の店があった。
古びた外観は昔ながらの商店を彷彿させ、暖簾には味のある文字で『やまどり』と書かれている。
何の店かな?と、助手席の窓を下ろすと風に乗って堪らなく食欲をそそる匂いが漂ってきた。
(これは……焼き鳥!!)
焼き鳥は美織の大好物である。
中でも皮の部分をタレに絡め鉄板で焼き、コテで上から押さえた物が堪らなく好きなのだ。
ぐぅぅーーーーー。
美織の飼っている虫はもう遠慮などしない。
派手に鳴く虫に、隆政はまたくくくっと口許を押さえた。
「行こうか?焼き鳥」
「行きましょうっ!!焼き鳥!」
いつになくやる気たっぷりの美織に、隆政は笑顔で頷く。
二人は急いで車を降りると、冷たい海風の中を足早に店へと向かって走った。
『やまどり』は外からみても大きくはなかったが中も狭い。
5人が座れるカウンターと4人がけのテーブルが一つ。
あと奥に4畳程の座敷があった。
内装も先代から続いているのか、かなり年季が入っている。
だがそれがまた味わい深く、通の店っぽい雰囲気を醸し出していた。
美織の経験則から言うと、こういう店は『あたり』のことが多い。
これは味の方も期待出来そうだと美織の腹の虫はまた鳴り始めた。
「いらっしゃい……あ、タカちゃん!?久しぶりー!!」
レジ横で生ビールを淹れていた従業員の女の人が隆政を見て声を掛ける。
「おう、元気だったか?」
と隆政も気さくに返す。
それを見て美織はおや?と思った。
(何かいつもとは少し違う?なんていうか……心を許してる感じ?付き合いも長そうだし……友達?同級生?いや、元カノかな?)
そんな妄想をしながら美織も軽く会釈をする。
気の強そうな女の人は、頭を下げた美織に太陽のような笑顔で言った。
「いらっしゃい!奥の座敷にどうぞ!!」
(え?でも2人だけなんだけど……)
座敷はどう見ても6人くらいが余裕で座れるスペースがある。
それをたった2人の客で独占するのはどうなのか。
しかも、カウンター後ろの4人がけのテーブルも空いているのに、だ。
どうしたものか、と立ち竦んだ美織に隆政が言った。
「いいんだよ。ここはいつも暇なんだから」
「何だって!?お前、追い出すぞコラ!!」
カウンター前で串を焼いていた大将が威勢良く叫ぶ。
「はははっ、事実だろ?さ、みお、こっちこっち」
睨む大将に軽く頭を下げ、美織はぐいぐい引っ張る隆政に引きずられていった。
6人が座れる広い座敷で、美織と隆政は向かい合って座る。
水着のお姉さんのビール広告のポスターとか、少し茶色くなった手書きのお品書きを眺めながら美織はふと隆政に尋ねた。
「あの……凄くフレンドリーよね?」
「え?あー、うん。同級生だからな」
「えーと、じゃあ境さんとかと一緒?」
「ああ。理一とアイツ……大将の洋二と嫁の梨沙、中学が一緒なんだよ」
(なるほど、そう言えばノリが境さんと似ているかもしれない。ていうか、あの2人夫婦だったんだ)
美織はもし梨沙をめぐる洋二と隆政の三角関係があったのなら、見てみたかったと口元が緩んだ。
「何か変な想像をしているな?」
(無駄に鋭いな、この男)
「残念ながらそういうことにはなったことがない」
(……本当に鋭いな!この男!!)
「どうせ、梨沙を巡っての三角関係を期待したんだろう?バカバカしい」
(バカバカしくて悪かったわね!!)
美織が食って掛かろうとしたとき、「失礼しまーす」という大きな声と共に座敷の扉が開いた。
「お待たせ、何にする?タカちゃんは車だよね、じゃあビールは無しね」
「そうだな、みおはビール飲むか?」
「あー、じゃあ生中を……」
(とり皮にはやっぱりビールでしょう!!)
「はい!生中ね!あとは?」
「とり皮を鉄板でっ!!あとモモとねぎまとつくねと砂肝を!!あ、すみません、隆政さんは?」
必死な美織を見て、隆政の顔はもう大胆に崩れまくっている。
普段笑うときとはまた別の、鎧が外れたその表情に美織は不覚にも少しときめいてしまった。
「俺も……とり皮鉄板とねぎま……」
笑いを堪えて俯きながら、隆政は肩を震わせて言った。
「ふふ、タカちゃんがそんな風に笑ってるの久しぶりに見たわ。彼女さんのおかげだね。みおさん?だったかな?宜しく頼むね!」
と梨沙はバンバンと美織の肩を強く叩いた。
「あ、加藤美織です。それでですね、彼女ではない……ですよ?」
「うそ!?え、そうなの??」
美織の言葉に梨沙は目を丸くして隆政を見る。
漸く笑いの波が過ぎ去った隆政は、説明を求めるように視線を送る梨沙に淡々と言った。
「今は、だ。そうなって欲しいとは思ってる」
「ほう!いいねぇ!なんともまぁ、謙虚になったじゃないの?まぁね、タカちゃんは今までの行いを改めたほうがいいわよ。この間まで付き合ってた女なんて史上最悪……」
「おい!!」
慌てて口を挟む隆政に、梨沙は少し怖い顔をして言った。
「あのさぁ、彼女になって欲しいって思うんだったら変に隠しちゃ駄目だよ!!大切な人には誠実に伝えなきゃ!言わない方がいいこともあるなんて、あたしは嘘だと思うよ!」
ね!と梨沙は美織に笑いかける。
(ね!と言われても困る。そんな史上最悪な元カノの話をされたところで、どんな顔をすればいいんだか……まぁ、黒田家が私に絡んでくる理由は知りたいけど)
美織は複雑な顔をしながら、梨沙に愛想笑いをした。
最初のコメントを投稿しよう!