黒田隆政の恋情

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黒田隆政の恋情

見合いの日は、それから一週間経った十一月の最初の日曜日に決まった。 ちょうどホテルで会議があった行政と共に、隆政も連れ立ってやって来た。 行政は何故かとても上機嫌だ。 (……まるで爺さんの見合いみたいだな) と、隆政は呆れ返った。 ほどなくして、奥の間に二人分の足音が聞こえてきた。 仲居が障子を開け、立っていた女性を中に促す。 『美織』は、紫の上品な着物をきた小柄な女性だった。 地味だな、と思った。 だがその地味さは逆に隆政の興味を引いた。 隣の行政は溢れるほど目を丸くして、馬鹿みたいに『美織』を見つめている。 「それは七重さんの着物だね?」 『七重』……その名前に『美織』が反応する。 彼女の祖母だというのは前日、行政から聞いて知っていた。 行政に促され隆政も『美織』に挨拶をする。 彼女はこういうことになれているのか、実に美しい所作で頭を下げた。 しかし、隆政には気になっていることがあった。 『美織』は行政の方ばかりを見ていたのだ。 未だかつて、相対した女になんてことはなかった。 いつだって、女の方から見つめてきたのだ。 隆政にとってそれはプライドを折られるようなことであったが、それよりも何故か心が軋んでしょうがなかった。 (バカな……心が軋む??心などない俺が?) 行政が会議へ行くといって去るとき、『美織』は名残惜しそうに上目遣いで行政を見ていた。 そんなことは本来ならどうでもいいことだ。 誰がどういう風に何を見ようが興味はない。 だが……。 『美織』は隆政の心の中に、遠慮なく踏み込んできた。 隆政は普段自ら自分の気持ちを押しつけたりはしない。 無理強いなどもってのほかだ。 しかし、気づけば一番やらないようなことをやらかしていた。 「もちろん、仕事も続けてかまわない。何しようとみおの自由だ。俺も好きにさせてもらうしね。お互い結婚したら干渉はしないということでいいよな?」 (何言ってんだ、俺!?違うだろう、いつものようにもっとスマートに言える筈だ!) 「なんでだ?何がわからない?この俺が、みおとって言ってるんだ。不満か?」 (不満か?じゃねーよ!!結婚してやってもいいだと??何様だ!) 瞬時に自分の浅はかさを悔いたが、もう後の祭りだ。 「あなたとは何があっても、例え地球が滅亡しても、結婚することはありません!どうか行政さんにそうお伝え下さい!さようなら」 (待ってくれ!違うんだ!言いたかったことはこんなことじゃなくて……) 「うるさい!ポンコツ!」 大きな音を立てて、障子は閉まった。 『美織』は嫌悪感丸出しの瞳で、隆政を睨んでいた。 (そんな顔を……させたかったんじゃないんだ……俺は……ただ……) 行政を見るような目で自分のことも見て欲しい……そう思ったのだ。 とても胸が苦しかった。 彼女と結婚出来なければ、社長になれない?そんなことは全く頭になかった。 ただ、彼女の興味を引きたかった。 それから、隆政は失意のまま自宅マンションへ帰った。 どうやって帰ったのかも良く覚えていない。 少し熱めの湯でシャワーを浴びると混乱した頭が少し冷静になり、隆政はいつもの調子を取り戻しつつあった。 (彼女が落ち着いてからもう一度謝罪をしよう。すぐは駄目だ。時間をおけば、彼女も落ち着いて話を聞いてくれるだろう。きちんと謝ればあの常識のある人はわかってくれるはず) そう思ってなんとか気持ちを建て直した時、スマホが鳴った。 表示は、黒田行政。 きっと見合いの結果を聞くためにかけてきたのだろう、と一息つき電話に出た。 「隆政か?」 「ああ。見合いの件だろ?」 「わかってるなら話が早いな。で?どんな感じだ?美織さんはお前のことを気に入ってくれたか?」 行政の声は軽く弾んでいる。 「……ああ。いや……ちょっと怒らせてしまったが、でもまだ……」 そう言った隆政の報告を聞いて、行政の明るい声が一転、低く冷たくなった。 「怒らせた?あの穏やかそうな人をか??……冗談だろ……」 隆政は慌てて話を戻そうとした。 「爺さん!ちょっと話を……」 「まぁいい、お前でなくても美織さんを幸せに出来るんだったら成政でもいいんだからな」 「それはどういうことだ!!おい!爺さん、待てっ……」 電話はそこで切れた。 成政……とは隆政の母親、春子の妹の子供だ。 行政と小夏には2人の娘がいた。 長女の春子と次女の秋江。 だが長女夫妻は事故で死亡し、少し離れた所に住む次女家族を黒田の姓にした。 そして、秋江の夫を行政の補佐として黒田造船に迎え入れたのだ。 それは跡取りの隆政が成長するまでの暫定措置で、隆政が社長になることは暗黙の了解として社内では認識されていた。 次女秋江の長男成政は上海子会社の社長を経て、今年本社の専務に就任した優秀な男である。 専務として次期社長の隆政を支える、それが成政のポジションだった。 (成政でも構わないとは……まさか、成政と彼女が結婚……) 一瞬頭が真っ白になった。 自分以外の誰かと結婚する彼女……。 それは隆政の思考を停止させた。 想像をするのも躊躇われるほど心を奪われている……。 そのことに今、隆政は気付いたのだ。
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