愛されたいと思ってる

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愛されたいと思ってる

「え、そうじゃないんですか?社長になりたいから私を……」 美織の質問に隆政は首を横に振った。 「最初はな……そういうつもりもあった。きっと、みおも俺のことを好きになると思っていたし……好かれる自信があった」 自信家なのは知っている。 と、美織は心の中で頷いた。 「だが、事実は予想と違っていた。俺に全く興味がない君に……俺は興味を持った。途中社長がどうのとかは頭から消えていたよ……そして、君への興味は好意になり、今は……すごく……なんと言うか……」 「なんと言うか??」 自分の気持ちに当てはまる適切な言葉を探して、隆政はこめかみを軽く押さえる。 暫しの沈黙が二人を包む。 そしてまた、ウーロン茶の氷がカランと音を立て、それを合図のように隆政は言った。 「好きなんだと思う……とても」 「は……」 思いもよらない告白に、美織の手からねぎまの串が滑り落ちた。 隆政が見せる美織への甘い言葉も態度も、社長になりたいという理由だけならば十分理解出来る。 実際その理由の方がはるかに現実的で、美織のことを好きだという方がファンタジーだ。 美織がそう思うのは、誰よりも自分のことを良く知っていたから。 お勉強が出来るだけで、特に秀でた所もなく、普通のどこにでもいる地味な女。 日本有数の企業の副社長で、見目麗しい男が愛を囁くには些か役不足というものだ。 「じ、冗談はやめてよ。あはっ、そんな真面目に何言ってるの?私達、友達じゃないの?」 「それは今日で終わりにしたい」 隆政は言い切った。 さっきはもごもごと必死で言葉を探していたのに、その言葉はやけにハッキリと発音した。 (友達は今日で終わり?わからない、隆政さんの真意が理解出来ない……) 混乱していることを悟らせないように、美織は黙って前を向いた。 その間にも隆政の視線は熱く抉るように美織を捉えている。 形のよい唇が動き始めて、伸びやかな声が耳に届くまで、見える世界はスローモーションで動いていた。 「改めて申し込む。俺と結婚を前提に付き合ってくれ」 「……な、何言って……」 「俺は……みおが好きだ。社長になりたいから言ってるんじゃない。それはどうだっていいんだ。欲しいのは最初からそんなものじゃなくて、ただ……みおに同じ気持ちを返してもらいたいと……つまり、愛されたいと……思ってる」 「……あ、あい、愛され……?」 唐突に出てきた『愛』という言葉に、当然美織は面食らった。 その普段滅多に(人によっては一生)使わないような言葉を口にして、隆政はまたタコのようになっている。 (赤くなるなら言わなきゃいいのに……) とは思ったが、時間が立てば立つほど美織の頬も熱を帯びていく。 (なんで私まで!?赤面症って移るの!?) 依然として、美織の次の言葉を待ち続ける隆政は放っておけばきっと朝までだって待つのだろう。 美織は腹を括り、一度全てをまっさらにして考えてみることにした。 (出会いは最悪だったし、もう二度と会いたくないと思った。これでもかというくらい食い下がられてとうとう友達として付き合うことになった……それから……) 海が見えるカフェで語り、秋バラが咲き誇る庭園で過去を知った。 そして、今、飾らない焼き鳥屋で彼は全てを告白している。 短い期間ではあるけど、美織がポンコツだと思った男は彼女の前で常に誠実であろうとしたことは間違いない。 それはさっきの話からも窺える。 彼は行政の仕組んだバカげた命令を、美織にバラす必要はなかった。 成政というライバル?が現れたことで、焦ったのかもしれない。 だが、それを告げずにそのまま告白した方が心証がいいに決まってる。 言えば美織が憤慨するのは予想できるし、それこそ行政に抗議しに行くのも目に見えている。 それによってさっきの告白が無駄になる可能性の方が遥かに大きい。 だけど、彼は言った。 言わないのは卑怯だと。 社長になりたいから口説いてると思われるのは嫌だと。 (……この人は……会ったその日からずっとそんな思いを抱えて?ポンコツだと思っていたけど、実はとても優しくて誠実なんじゃ……) 何故か美織の心は晴れやかになっていた。 返事を待っている隆政は、目の前で繰り広げられる美織の百面相を見て、ひそかに最初の出会いを思い出している。 くるくる変わる可愛い彼女のその表情を、もっと近くで独り占めしたい! そう思っていたことを……。 それから美織はゆっくりと口を開いた。 「……わかりました」 「えっ?」 「えっ??」 隆政は耳から聞こえた言葉が信じられず、間抜けな顔で聞き返す。 そして、美織も同じような顔で繰り返した。 「え……と、それは付き合ってもいいということで間違いないか?」 「……ないです……あ!でも、付き合うというだけですよ。結婚というのはまだ……もう少しお互いいろんなことを良く知ってから……」 「あ、うん。うん……そうだな……気が早かったかな……いや、でもな……」 隆政は胡座から正座へ姿勢を正し、美織が好ましいと思った伸びやかな声で歌うように言った。 「みお以外と一緒になることは考えられないから……それだけは言っておく」 「んなっ……」 (そんないい声で!整った顔で!なんという恥ずかしいことをーーー!) 美織はきっと面白い顔をしたんだろう。 地味で平凡な顔の女を、きらびやかで非凡な顔の男は素敵な笑顔で見つめていた。
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