招いた女の苦悩

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招いた女の苦悩

『これから飛行機に乗る。着いたら連絡するよ』 『到着した。これからあと、二時間くらいかな。みおは、今何してる?』 『今、家に着いたよ。疲れた。みおのご飯が食べたい。でも、夜も遅いし我慢するよ。その代わり、明日は会えるか?会いたい』 ……………………………。 美織はスマホを片手に固まっている。 隆政の怒濤のメッセージ攻撃が、夕方から寝る直前の今までずっと続いていたからだ。 水曜日から出張に行き今日は金曜日。 この3日間、スマホは隆政のメッセージしか表示しなかった。 来るメッセージ、着信は全て黒田隆政。 履歴はもう全部『黒田隆政』に塗りつぶされている。 美織は途中で面倒くさくなって『わかった』『ありがとう』『はい』とか、短い文章で返すのに隆政はやたらと長文で送ってきて、最後には読むのが疲れてしまった。 (一体どんな顔をして、メッセージ打ってるんだか) 美織は最後のメッセージに返信の文を打った。 『いいですよ。どこかに行く?』 だがこれではダメだと後半部分を消す。 (質問を返したら話が長くなりそうだわ……そうだ、ごはんが食べたいって言ってたっけ?) 『いいですよ。昼に家に来て下さい。ご飯作ってますから』 (これでよし!!) と、送信ボタンを押した。 そうして光の早さで既読がつき光の早さで返信が返ってきた。 『やったーーー!じゃお昼頃に行くよ!!』 そしてやはりメッセージの後にはハートの乱舞。 今日はおまけに可愛いウサギが正座して『嬉しいですっ!』と言っている画像が送られてきた。 (わからない……隆政さんがわからない……) そんなことを考えつつ、美織は漸く眠れることにほっとした。 (明日何作ろうかな。唐揚げときんぴらは好きみたいだし、久しぶりに蓮根の挟み揚げとか……うーん、全体的に茶色いわ……赤い物と緑の物も必要ね。じゃあ午前中に買い出しに行って………) 美織は閉じていた目を開けた。 何も考えずに返信したが、家に招いたということは……ここに来るということだ。 そんな当たり前のようなことを頭の中で繰り返しながら、美織は己の浅はかさを呪った。 (ヤバい。家に呼んでどうするの?ご飯が終わってから何するの?ていうか、家に呼ぶってこと自体オッケーよ、ってことに……ならない!?ど、どうなの!?) 寝る前だった美織は、布団の中でゴロンゴロンと激しく寝返りを打った。 (はっ!!いざそういう行為に及ぶとき布団は敷くの!?え、そういう雰囲気になってから布団敷くの!?やだ、多分布団敷いてる間に冷静になりそう……) 降って沸いたこの布団問題に、美織の脳内は占拠された。 この狭い平屋にベッドなどない。 何故なら狭くて置けないからだ。 美織はもう何年も同じせんべい布団を使っていて、更に今、加藤家に布団は一組しかない! すっかり目が冴えてしまいガバッと上半身を起こすと大きく頭を振る。 しかしそんな時ほど、思い出さなくてもいいことまで思い出すもの。 美織の頭の中では昼間の『がーるずとーく』がぐるぐる回っている。 『心の感じるままに』とか『勢いでやっちゃう』とか。 恥じらいなどまるでない昼間の話の内容が、どんどん美織の中でエスカレートする。 (おおぅ………ど、どうしよう……) 一度走り出した妄想は消えず、それから日付が変わっても一人悶々とする美織であった。
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