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招かれた男の贈り物
午前九時半、美織はトマトを握りしめながら近くのスーパーで放心している。
結局眠りについたのは午前四時過ぎ……。
基本五時起きの美織は、この日八時過ぎまで爆睡した。
そして今、働かない頭に一生懸命喝を入れているのだがなかなか目は覚めてくれない。
「うー……サラダにはトマト。あと、レタス……スイカ………カボチャ……ヤマイモ……モ……」
うとうとしながら献立を考えていると、全て食材しり取りになってしまう!
(ダメだ……頭が起きないっ!)
美織は一旦考えるのを止め、とりあえず何にでも使えるいつもの食材をカゴに放り込む。
そして、帰り道にあるコンビニで眠気覚ましのコーヒーを買い帰路についた。
十時半、コーヒーのカフェインが効いてきたのか、だんだんと目が冴えた。
体のだるさも消え、頭もスッキリとしている。
これで漸く昼の段取りが出来るようになった、と美織は三倍速で手を動かした。
(ご飯は朝起きてすぐ洗って、予約スイッチを入れておいたので大丈夫!)
と思ったが一応確認する。
すると何故か『保温』ボタンがオンになって、炊飯ボタンが押されていなかった……。
(あぶない……ご飯無しになるところだった……)
青い顔をしながら、美織はゆっくり丁寧に炊飯予約のボタンを押す。
ピッと鳴ったのを聞いて、もう一度予約ボタンを確かめた。
(よしっ!さてと、後は……)
とエコバックから買った食材を取り出す。
鳥もも肉を切って、加藤家秘伝レシピのタレに浸け冷蔵庫へ。
レタスを洗ってトマトを切って、簡単に盛り付け冷蔵庫へ。
ゴボウをささがきし、レンコンは半分は薄く、半分は厚く切り軽くあく抜きする。
それからきんぴらを手早く作り、レンコンの挟み揚げの下ごしらえをした。
後は汁物の仕込みと、青菜でお浸しを作れば……。
(とりあえずなんとかなった……少し休憩しよう。今、十一時だから……隆政さん何時に来るのかな?)
美織は居間にスマホを置いたままなのを思い出し、急いで取りに行った。
来る時間を聞いてなかったので、確かめようと思ったのだ。
居間の卓袱台に置いたスマホを取りふと画面を見ると、チカチカと何やら点滅している。
不在着信が二件、メッセージが三件入っていた。
(隆政さん?かな?)
着信はやはり隆政だった。
何事かと美織は先にメッセージを見る。
『おはよう!少し早く目が覚めたから、早めに行ってもいいか?』
(……………は?)
『多分十一時くらいには行けると思う』
(………はぁぁぁぁ!?)
『返信ないけど大丈夫??まぁ、とりあえず行くよ。じゃあ後でな!』
メッセージの後にはブンブン手を振る可愛いクマの画像が……。
(うそぉ……はっ!!今!何時!?)
居間の掛け時計を確かめると、針は午前十一時五分を指している。
美織は台所へダッシュし、炊飯器の炊き上がりの時間をしつこくもう一度確かめる。
炊き上がり……十一時半。
(ご飯は大丈夫!!)
安心して炊飯器の前から離れた時、古びたインターフォンが鳴った。
透けて見える玄関には大柄な男の影が見える。
その影はひょっとしたら玄関の縦サイズより大きいんじゃないか、と思うくらいの存在感があった。
「は、はーい。た、隆政さん?」
三和土に降りて美織は影に声を掛ける。
「はい。俺……です」
影は少し動くと引き戸の向こうで小さく手を振った。
「ど、どうぞ」
そろりと玄関を開けると、満面の笑顔の隆政が少し赤い顔をして立っていて、後ろ手に何かを隠していた。
「こっ、これ!どうぞ!」
大きい隆政の後ろから出てきたのは、大量のピンクのバラの花束。
質素な玄関はいきなり現実離れした空間になった。
「わぁ!どうしたの!?これ、凄いわ!!凄い!凄く綺麗!!」
美織は、凄い!を連発した。
それほどの迫力があったのだ。
未だかつて、花束を(しかもざっと見ても二十本以上はある)贈られたことなどない。
というか、悲しいかな花の一本すら貰ったことはない………。
そんな洒落たことをする男と付き合ったことがなかったのだ。
しかも誕生日でもクリスマスでもホワイトデーのお返しでもない。
(あれ?えっと、これ何かな??)
美織はバラの陰に隠れたまま隆政に尋ねた。
「隆政さん、このバラ、お土産??」
「ん?あ、あのな、出会って一か月記念のバラ」
「は?」
「出会って一か月経ったろ?」
(それは知ってるけど!出会って一か月って、それ記念日なの??)
美織が黙って呆けていると、ハッとした隆政が言い訳をするように慌てて捲し立てた。
「ちっ、違うぞ!!こんなこと、みおに初めてするんだからな!他の誰にもしたことないぞ!」
(ああ……何か勘違いしてる……それは、考えてなかったわよ?)
「はいはい。とにかく!とても嬉しいです!」
美織は花束をありがたく頂くことにした。
わからないことは多々あるが、それは今重要なことでもないような気がしていたからだ。
「良かった!邪魔だとか言われたらどうしようかと思った……」
(うん、付き合う前なら言ったかもね。でも、花は好きだから快くもらってたかも?)
おずおずと手渡す隆政からバラを受け取り、美織は満面の笑みを浮かべた。
それを見ていきなり手持ち無沙汰になった隆政は、またタコの如く真っ赤になるのだった。
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