隆政、両親に挨拶する

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隆政、両親に挨拶する

「でもこの花束、まさか出張から持って帰った訳じゃないよね?」 どうぞ、と隆政を玄関に促しながら美織は尋ねた。 これを持って飛行機は乗りづらいだろうなと、ふと思ったのだ。 「ああ、うん。これはこっちの空港に着いてから買った。遅くまでやってた花屋が見えて……本当は鉢植えにしようかと思ったんだがな」 「いや、それはー……うん、ありがとう」 それはそれで嬉しいが、きっと置場所に困る。 美織は心の中でほっとしていた。 「花、好きだろ?バラ園でもこの色のやつ、ずっと見てたし……な」 「う……うん!好き」 思わぬ隆政の言葉に、美織は一瞬言葉を失った。 (この人は、本当に私を良く見てる。どの色の花を長く見てたかなんて、そんなの普通覚えてないでしょ?) そう考えると、隆政が言う言葉の一つ一つは偽りのない言葉なのかもしれない。 まぁそれは、最初の発言を除いてだと本人は言っていたが。 美織は最初出会った時の隆政を思い出してクスッと笑った。 「何だ?そんなに面白いことあったか?」 どうやら、自分のことを笑われたのには気づいたらしい。 隆政は怒ったように美織を肘で小突いた。 「……何でもない。あ、ごめんなさい、上がって」 うっかり三和土(たたき)で話し込んでいた美織は、急いで隆政を中へ招き入れた。 「お邪魔します」 「はい、どーぞ!」 隆政はスッと音もなくスニーカーを脱ぐと、今度はさっと屈んでちゃんと揃えている。 やはり育ちがいいのか、御曹司はラフな格好をしていても礼儀正しい。 どういう教育をされたのか!?と、訝しんだこともあったが、こういう礼儀はしっかりしている。 (さすがセレブ様ー。動作に品があるわー) 「どうかした??」 じーっと挙動を見詰められ、隆政の動きが止まった。 「へ?あ、いえいえ。ちゃんと靴を揃えて偉いなって」 「子供か!!」 とは言うが、隆政はとても嬉しそうだった。 隆政を一旦仏間兼居間に案内すると、美織は昼御飯の支度に取りかかる。 手伝うと言われたがそれは丁寧に辞退しておいた。 美織は自分のスペースに入られるのが嫌いなのだ。 特に台所は自分の好きなように使いたいので、祖母以外には踏み込ませたくなかった。 炊き上がったご飯をチェックして、冷蔵庫で下味を付けた鳥ももを出し、メインの唐揚げを作る。 油を適温にしてる間に汁物とサラダ、お浸しも用意した。 そして段取り良く準備を済ませ、廊下を挟んだ居間の隆政に声を掛けようとした……。 その時だった。 美織は仏壇でお線香をあげる隆政を見た。 その横顔はいつか見た行政にとても良く似ている。 違う所といえば、隆政は行政のように辛そうな顔をしていなかったことだ。 彼は声を掛けるのも躊躇わせるほど熱心に手を合わせ、静かに何か語りかけている。 美織はその様子を廊下からこっそりと覗き、聞き耳をたてた。 「……七重さん。美織さんのお父さん、お母さん。俺は黒田隆政、黒田行政の孫です。縁あって今、美織さんとお付き合いしています……あの、過去にうちの祖父と何があったかは知りませんが、七重さんには感謝しています。美織さ……みおと会えたのは七重さんのお陰のような気がして……俺は……これまであまり誠実な生き方をして来ませんでした。ですが、これからはみおをきっと幸せにするとお約束します。ですから……宜しくお願いします……」 美織はそっと足音をたてずに後ずさった。 仏壇の七重と両親に語りかける隆政の表情はとても必死で真剣だった。 それはもう結婚の承諾を貰いに来た男のように……。 その言葉のせいだろうか。 美織の頬には熱が集中し湯気でも噴き出しているかのようだ。 ふと、台所に掛けてある鏡を覗くと、そこには真っ赤に頬を染める女が映っていた。 仏壇の向こうで七重と両親はどう思っただろう。 怒るだろうか、笑うだろうか? なんてことを考えながら、冷蔵庫から出したミネラルウォーターで火照る頬を急いで冷やした。
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