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かべの少女とフクロウ
ギリーザファントムさすらうお化け。
ギリーザファントム根なし草
白い布で体を隠して、今日も風に吹かれてる。
鳥のように羽根がなくても、風に吹かれて北へ南へ。
舵も帆もないいかだの様に、波に揺られて西へ東へ。
ギリーザファントムどこかへ飛んで、いつの間にかやってくる。
『詩人ドッカノ氏の詩集より抜粋』
今日もギリ―は旅をする。ふわふわプカプカ流浪の暮らし。今いる町は大きな通りには夜もうるさく仕方がなかったので、喧騒はなれた住宅地を通り過ぎもう少し先に進もうと思っていたときに、どこからかしずかな夜にひびく悲しそうなフクロウの鳴き声が聞こえた。
声のする方へふわりと飛ぶと、空き家の二階にむかって、一羽のフクロウが木の枝の上でだれかにお話をしているように鳴いていた。
後ろから声をかけたギリーに、フクロウはぐるりと首だけを向けて、ギリーをにらんだ。
「なんだね君は?見ない顔だな。何、ギリーというお化けで旅をしているだと? 変わったお化けもいるものだな」
ギリーは聞いた。
「私が何をしているのかだと?」
フクロウは顔をもとに戻し、クチバシ(あごをうごかしているつもりのようだ。)を前につきだした。
家の窓には女の子が一人、背中ををこちらに向けていた。小さなその背中は寂しさでいっぱいなのがギリーにもわかった。
このフクロウはあの娘の知り合いなのだろう。
フクロウはギリーの質問に答えた。
「私にも名前はわからない。あの子を見つけたのはずいぶん前のことだ。最初に見たときは夜ふかしをおぼえた悪い子だと思ったのだが、毎晩ああして、あの部屋から出ないで、寂しそうに星や月を見ているのだから、声をかけるとうれしそうな顔で手をヒラヒラとふったから、こうして語りかけるようになったのさ」
ギリーもフクロウのとなりにとまっていると、女の子が窓に目を向けて、その目が丸くなったがすぐにおいでおいでと、手まねきを始めた。
「行ってあげな。私はあそこには行けないが、お化けならすり抜けられるのだろう?」
フクロウの言葉を聞き終わる前に、ギリーは窓をすり抜けて女の子の部屋に入っていた。
「あなた、お名前はなんていうの? ギリーていうの、お化けが旅しているってなんかへんなの」
ころころとかわいらしい声で笑う女の子につられてギリーも笑った。
部屋を見てみると、床にはホコリが絨毯の間違える程に積もり、元は白かっただろうカーテンも色がくすんですり切れて、クマやウサギのぬいぐるみ達も元の色が分からないくらいくすんだ色をしていた。
特にひどいのは壁がヒビだらけになっておまけに一部だけほかと色がちがう所もあった。
「え、いつからいここにいるって……わからないの。あたし、いつの間にかこのお部屋から出られなくなっているし、朝のお日さまの光がいたいから、お月さまのでているときにしか遊べなくなっていたの。この前みたいにたまに、知らないお兄さんたちが勝手に入って来て、私の姿をみたら逃げていっちゃうし……パパもママもいつ帰ってくるか分かんなくて、一人ぼっち……」
女の子はうつむいてしまった。
ギリーは部屋のドアから廊下を覗いてみると、確かに埃の積もった廊下には最近のスニーカーの足跡がいくつもあった。
辿っていくと階段で重なったものになり、玄関のところで誰かが転んだだろう足の跡と手のひらの跡がついていた。
廊下の隅にあった埃の積もり具合から数年は空き家になっているのだろう。まるで灰色のカーペットが玄関から家中に敷き詰めてあるようだった。
こんなところに彼女は一人でいたのだと思うと、ギリーは悲しくなった。
何かを思いついたギリーは、部屋を出て、家中を探して回った。
かび臭さがするリビングには、だれかが入ってきたらしい足あとがのこっていた。錆びたロッカーからにあったホウキやモップを手にとって女の子のもとに戻った。
「お掃除の道具なんかもって来てどうしたのギリー? え、ここをキレイにするの?」
「お化けだってキレイな所の方が気分がいいって? あなたって本当にへんてこなお化けね。わかった、あたしも手伝うね」
こうして、お化けの大そうじという、誰もが首をかしげるようなことが始まった。
家の裏口にあった、金切り声を上げるポンプでバケツいっぱいに水をくんで、モップがけをして、木目の見えなかった床もキレイにした。一度も使ったことないタオルを使ってぬいぐるみの綿の代わりに入れて裁縫道具で縫い上がた。そのうち、調子があがったギリーは、彼女の部屋だけではなく、家中をキレイにしてしまおうと考えたが、ギリーだけでは夜が明けてしまう。
人の手は期待できないから少女の部屋にあったぬいぐるみたちを並べて、ギリーは自分を覆っている布の中から、似つかわしくないきれいなラッパを取り出した。
「それってラッパでしょ。兵隊さんが吹いているのを見たことあるもの。何が吹けるの?」
ギリーは口のあると思われる場所にラッパのマウスピースを当てて『おもちゃのチャチャチャ』を吹き始めた。
ギリーの吹いているラッパにはトランペットのようにピストンがないのに
本来ではないはずの音もきれいに出ていたが、彼女にはそんなことはわからなかった。
ワンフレーズ吹き終わるとぬいぐるみたちが立ち上がり、モップやほうきを持って掃除を手伝い始めた。
ウサギのぬいぐるみが跳び跳ねて天井のクモの巣を払い、ウシとクマのぬいぐるみが落ちた埃をほうきでまとめて玄関まで掃き出し、ネコとイヌのぬいぐるみが掃いた所をモップで拭き取る見事な連携で家を綺麗にしていく。
その間にギリーは玄関マットやカーテンを一つにまとめて洗濯機に入れてスイッチを入れたのだが、電気止められているらしく、乾燥機もただの箱のようにただそこに佇んでいた。
ギリーはもう一度ラッパを取り出して今度は『葦笛の踊り』を吹くと洗たく機の中で水と布が踊り始めた。ギリーは水を抜いて洗濯物をテンポを上げてもう一度吹いて脱水してから乾燥機に入れて今度は布の中から野外用発電機を取り出して、電気をプラグを差した。
ラッパを吹き続けて口が痛くなったし、燃料を節約したかったので今になって出したというのがギリーの言い分だ。
明らかに大きなそれが出てきたのはお化けだからということで、ツッコミは見逃して頂きたい。
こうして、夜が開ける前には、かび臭さもホコリもさっぱりなくなって、家のなかは人が住んでいたぐらいの見た目になっていた。ここまでキレイにできたのはギリーと彼女のぬいぐるみたちのお陰だ。
ギリーはつかれてふらつきながらも、むねをはった。
女の子はまぶたを重たそうにして大きなあくびをした。
「ギリー、あたしもう眠い……ギリーもこの家のどこでもいいから眠ってもいいよ」
そういって女の子は、あくびをしながら、かべの中にとけこんだ。
ギリーも洋服ダンスの中に入って眠りについた。
ギリーはだれかに呼ばれたような気がして、
タンスの中から出てきた時には、夜になっていた。窓の向こうには昨日のフクロウがよんでいたので、彼の元へ行った。
「大分キレイになったな、ここからでもよく分かる。それよりも、大通りの方でこの家に行くと言っていた人間たちがいた。顔がにていたから家族だろうな。せっかくきれいにしたのだから、どうするかあの子と話し合ったらどうだ」
そういってフクロウは飛びさった。
ギリーは壁にノックして女の子を起こして、今までどんな風に客人を追い払ってきたのか聞いてみた。
「それがね、みんなあたしのことがよく見えなくて、このお部屋からも出られないの。だからねずみがはしる音だったり私があいさつをする前にびっくりして逃げ出していったから、あたしは誰もおどかしたことがないの……ねえねえギリー、あたしにもおどかしかたおしえて」
その夜、二人は脅かしかたの練習とおどろかせる仕掛けについて話し合った。
夜もだいぶ遅くなったころに、5つの懐中電灯の明かりと話し声が少女の家に向かってきた
「父さん、母さん二人ともまってよ肝試しする年じゃないだろ」
「ここって昔からお化けが出るって、宿屋の人たちが言ってた家じゃないの!? 」
「何人も見たって有名なところらしいよ?マジでヤバイって」
三人の子どもたちが口々に早く帰ろうと言っているが、両親は何も言わずにただひたすらに家に向かってきている。
家族の会話はよく聞こえなかったが、リフォームした家のさいしょのお客さんだ。
「じゃあ、おもてなしだね」
古びたドアをおもたそうに開けた家族が入ってきたのを見て、ギリーは合図のひもを引っぱった。
うふふ……あはは………。
町中から見つけてきたパイプをつなぎとめて作った伝声管から少女のくぐもった笑い声がアチコチにひびいた。
不気味な演出はこれだけではない。
「床も窓もピカピカだ……」
「このコーヒー、淹れたてみたい」
お化けの出る家は汚れている。そんなお約束のイメージをくつがえすキレイなリビング。そこに三人分のカップにあたたかいコーヒーとココアが入っているのだから、もっと不気味に見えるのだ。
子どもたちは怖がっていたが、両親は並んでいたカップの中にあったウサギのプリントされたものを見つけて息をのんだ。
「やっぱり、あの子のだ、この家にまだいるんだ」
「あなた、これはあの子のお気に入りのカップよ、私はおぼえているわ」
子どもたちは自分たちの親が何を話しているのかわからなかった。それに気付いてか父親が話しだした。
「父さんと母さんが小さいころ、この家の子と友だちだったんだ。ところが、その子がある日行方不明になって、その後に私たちはそれぞれ引っ越してしまったんだ。この町には、はじめからこの家に来るのが目的だったんだ。」
父親が階段に近づいたのをみて、先まわりしていたギリーは、おもちゃ箱から見つけたゴムマリを階段のてっぺんからはずませながら落とした。
テン、テンと音をたてて落ちてきた。父親はおどろたが、恐怖でおどろいたわけではない。
「やっぱりだ、これは俺があの子にあげたものだ!」
ドタドタといきおいよくかけのぼる音に、何事かとギリーが床すれすれから覗こうと顔を出したのと同時だった。
「うわ、なんだ。変なものふんだぞ!」
父親に力を込めて踏みしめた足によって、ギリーは気を失ってしまった。
ギリーが目を覚ますと、そこはフクロウがとまっていた木のえだだった。下を見ると、パトカーや救急車のランプが赤く光り、ヤジウマがあの家を取り囲んでいた。
「やっと起きたか」
隣によりそっていたフクロウが、ギリーに話しかけた。
「あの家族が窓を開けてくれたから、おまえをつかんでここまで運んで来たのだ。おまえ、ネズミより軽いんだな。それはさておき、人間たちが話していたことを聞き取ってきたんだが、あの子の名前はユミと言って、とてもいい子だったが、ある時から両親が毎日のようにケンカしていたらしい。やがて八つ当たりでユミにもひどいことをしていたら、何かの拍子に死なせてしまい自分建ちが捕まりたくないから、ユミを壁の中に埋めて、夜のうちに逃げだしたわけだ。
そして、今夜お前たちがもてなしした中年夫婦が、ユミの昔のお友だちだったそうだ」
「ああ、さっき壁をくずしたら、ユミの骨が見つかったよ。やっと出られたんだから私たちは、よろこぶべきだろうなんだろう」
ギリーは何も言えなかった。ユミにとってそれが良いことなのかどうかなんて自分では決められないことだから。
次の夜になっても、ユミはあらわれなかった。お友だちの手で、あの一人ぼっちを何年もすごした部屋から出ていけたのだろう。
ギリーはフクロウにまた旅に出ると言った。
フクロウはただ一言だけ言った。
「元気で、な」
ギリー、フクロウさん、 ありがとう。
ギリーとフクロウは共に声のした方向に顔を向けた。
夜空に小さくても強い光を放つ星が見えた。
ギリーはいったいドコへいく?
それは風に聞かなくちゃ。
ギリーはこの先何を見る。
楽しいことか悲しいことさ。
ギリーの旅にゴールはあるの?
少なくとも今ここではではない。
『ドッカノ氏の詩集より抜粋』
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