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湯船に入ると、すかさず良吾が寄り掛かってくる。浅く溜められたお湯が、小さく揺れて音を立てた。
「……良吾」
「んー?」
腕を引かれるまま、自分よりも幾分逞しい身体に、両腕を回す。
「これ、ただ風呂入ってるだけじゃない?」
「風呂場だからな」
「っ、そうじゃなくて……」
週末は2人とも休みで、そんな日に家に呼ばれたら、少しと言わず期待する。良吾には絶対に言えないが、ここに来るまでの途中、邪な妄想で幾度足を止めたか分からなかった。
「だってさー」
「なに、どうしたの?」
いつもと違う凹んだ様子に、英介は尖った態度を少し引っ込める。心配して顔を覗き込むと、近づいた頬に軽くキスをされる。
「聞いてくれるか、俺の大変な1日を」
「う、うん」
予想以上の食い付きに身を引きつつ、英介は話に耳を傾けた。
「栄川先生、知ってるだろ?」
「なっ、栄川になんかされたの?」
「いや、まぁ大したこと無いんだけどな」
「大したことないって態度じゃないけど」
普段からは珍しい怒った声音に、良吾は肩を竦めた。そして、今日学校で起きた栄川との1件を、英介を刺激しないように、出来るだけマイルドに話した。
「…どうしたら、そんなセクハラされて、大したことないとか言えんの?」
「いや、ケツ触られるくらい、別に何ともないし」
その言葉で、英介は更に不機嫌になった。
数学科の栄川は食えない男で、英介と良吾の関係を知って以来、やたらと良吾にちょっかいを出してくる。そうして、英介にしか分からないようにそれと仄めかしては、反応を楽しんでいるのだ。
「怒るなよ。ちょっとはお前のせいなんだから」
「え、なんで」
「お前、あいつの授業ちゃんと受けてないだろ?」
良吾に言われて、英介はぐっと唇を噛んだ。子どもっぽいと分かっているが、どうしても栄川を好きに慣れないのだ。そうして、つい授業でも反抗的な態度をとってしまう。
「それ口実に話し掛けてくるんだよ。俺国語科だし、普通なら接点ないし」
「…ごめん」
自分のせいで、と謝る英介の俯いた頭を撫でて、良吾は嬉しそうに言った。
「英介が妬いてくれんのも、レアで良いけどな」
「や、妬いてとか」
「ないのか?」
「……ある」
「かーわいいなぁ、お前」
「うるさい」
頭を引き寄せられ、濡れた唇が触れ合う。立ち込める湯気に包まれて、2人は自然に抱き合うと、幾度となく口付けを繰り返した。
どうやら英介の期待通り、充実した週末が過ごせそうだった。
(おわり)
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