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薄暗い部屋は、家探しでもされたような有様だった。
時計、本、卓上ライト、ボールペン、服。あらゆるものが一緒くたに、床に散乱している。カーテンは半分ほど外れて垂れ下がり、そのレールもひしゃげて見える。
「前来た時より、随分狭く感じるな」
初めて来た時、その整頓された部屋に少し驚いた。少なくとも、栄川の知る“高校生の部屋”とは違っていた。
それが今は、どんな部屋とも違っている。
「こっちの方が、高校生らしくて良いか」
栄川は、床に落ちたものを踏まないように、足で避けながら進んだ。
ベッドの傍に、見慣れた影が蹲っている。暗闇に慣れてきた目で、癖のある茶色い頭を見下ろす。指で小さく触れると、微かに身じろいだ。
「初めて合鍵を使うって、もっと色気のあるイベントかと思ってたよ」
「……俺も、そのイベが発生するとは思ってなかった」
くぐもった声が返り、今度は掌で頭を撫でた。髪の下から、じんわりと温かさを感じる。
以前藤枝が、こうされるのが好きだと言っていた。“癒される”とかなんとか言って、栄川の戸惑いを良いことに、暫く手を離さなかった。
「そうしてると、拗ねた犬みたいだよ」
「犬じゃない」
「そう?人間には理性があるはずだけど」
ベッドに散らばった物を脇に避けて、空いたスペースに腰を下ろす。スプリングのきいたベッドが、音もなくそれを支えた。
「それから、自分が怪我をしない賢さもね」
脚の前で組まれた藤枝の手が、赤く濡れている。
「こういう時って、普通慰めるんじゃないの」
「どうやって」
「それ、俺に聞く?」
「是非聞きたいね。こういう時、なんて声を掛けたら良いか分からない」
藤枝が、ちらりと栄川を振り返った。強ばっていた身体から、少し力を抜いたようだった。
「少なくとも、さっきのは落第点」
「その時に言ってくれなきゃ」
「言っても聞かないじゃん」
「まぁ、そうかもね」
降ろした脚に、藤枝が寄りかかってくる。撫でていた手を止めようとすると、抑えてもっとと頭をすり寄せる。
「…このベッド、寝心地が良さそうだね」
「いつでも来て良いよ」
「今、ハチが来るんだよ」
「……え?」
「ほら」
「え、え?うわっ」
腕を引くと、藤枝は慌てて立ち上がった。Yシャツを掴んで引き寄せ、そのまま後ろに寝転ぶ。倒れ込んできた藤枝が、既のところで手をつき、正面衝突は免れた。
驚いた顔の藤枝に軽く口付けると、頬が赤く染まる。
「これは何点?」
「っ、もー!」
悔しがるのを笑いながら、栄川はまた藤枝の頭に手をやった。
人の頭を撫でられるどころか、撫でるなんて、栄川にはあまり馴染みのない行為だったが、その癒し効果はきっと、する方にも効き目があるのだろう。
(おわり)
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