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目を瞑るのが嫌で、リョーゴはどこを見るでもなく、薄暗闇に視線をさ迷わせた。雨の音に混じって、小さくテレビの音が聞こえてくる。
「明日の朝には止むみたいだよ」
「そうか……良かった」
一刻も早く、この土地を離れたかった。心の休まる場所に帰りたい。
リョーゴが暖かいコーヒーや機械油の匂いを夢想していると、ギシリと音がしてベッドの端が沈み込んだ。
「リョーゴ、着替えた方が良いよ」
「……あぁ」
静かな声に鼓膜が震える。投げ出した手とラグウェルの手が重なり、そこからじわじわと温かさが広がる。
暫くそうしていると、不意に手が伸びてきて身体に触ろうとする。咄嗟に身をかわすと、その動きで傷が痛み、リョーゴは顔を顰めた。
「見ても良い?」
「ダメだ」
「リョーゴ…」
「大丈夫だ。大したことな、いっ」
身体を起こそうとするが、胸に手を置かれただけで身動きが取れなくなる。タオルを解かれ、そっと傷口の布を取り除かれると、リョーゴの口から呻き声が漏れた。
「触るよ」
「あ、ぐっ……」
有無を言わさない声音に答える間もなく、ラグウェルの指が傷口に触れる。激痛のあと傷口が熱を帯びて、それが収まるにつれて段々と痛みも引いていった。
リョーゴが荒い息を吐いていると、ラグウェルが身体を寄せてきて、額に唇を押し当てる。
「よく我慢出来ました」
「……俺は子どもか」
「俺からすればね」
滑らかな皮膚に戻った箇所を撫で、ラグウェルはクスリと笑った。そのままベッドから降りようとするのを、慌てて引き止める。
握っていた手を軽く引き、隣に来いと目で訴える。
「寝る?」
「ん、今日は疲れた」
「……ごめんね。俺がもっと」
「言うな。分かってるから」
天使と悪魔は対立する関係だが、それぞれの役割をもって絶妙なバランスを保っている。ラグウェルがリョーゴを手助けして悪魔を殺めれば、その均衡を崩す引き金になりかねない。
「本当は、俺一人でやるべきなんだ。十分助けて貰ってる」
「俺は、もっと力になりたいよ」
頬を撫でる手が懐かしい記憶と重なり、リョーゴは顔を擦り寄せて目を閉じた。
暖かなベッド、ダウンライトの明かり、絵本を読む両親の声。二度と触れることの出来ない温もりが、古い記憶の中で段々と色を失っていく。
一時、別の記憶が脳裏にチラつき、リョーゴは目を見開いた。すぐ近くにあるはずのラグウェルの顔が揺らぎ、身体が小刻みに震えだす。
「っ、ラグ」
「大丈夫、ここにいるよ」
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