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「お待たせ。いや、意外と遠くて。水で良かった、か……」
ペットボトルが床に落ち、大きな音を立てる。
「え、誰」
ベビーベッドに覆い被さるように、純白の青年がいた。
白いシャツに白いパンツ、足には革で出来た白いサンダルを履いている。肌も日焼けを知らないといった白さで、極めつけは、その背中から生えた一対の大翼。
目の痛くなるような白。
「なに、してんだ」
目の前の状況に混乱しながら、やっとの思いでそう問い掛けると、青年はくるりとこちらを向いた。金色のまつ毛に縁取られた青い瞳が、ゆっくり瞬きする。
「あ、おかえりー」
「……は?」
「ん?おかえり?」
「え、ただい……いや、いやいや」
噛み合わない会話に、更に混乱が深まる。しかし、赤ん坊が目に入り、直ぐに気を持ち直した。
「あー、とりあえず、そこから離れてくれないか」
青年と距離を取りつつ、少しずつマヤと赤ん坊の方へ近づく。3人はスヤスヤと小さな寝息を立てていて、とりあえずは安心する。
「あ、あ、そうか。ごめんね、ごめんなさい。ビックリしたよね」
青年はリョーゴの言葉に従って、ベッドから数歩離れた。それから訝しげな目に気づいたのか、慌てて弁解するように話し出した。
「あの、ユーカイとかじゃないよ。可愛かったから見てただけで、本当はあなたにも見られるハズじゃなくて……あれ、なんで見えるの?」
「すまんが、話が1つも分からない」
「えっと、む……どう説明すれば良いのかな」
「説明は外で聞く。良いだろ?」
「あ、そうだね。起こしちゃったら悪いもんね」
青年は小声になると、小走りでリョーゴの方へ向かってきた。警戒しながらドアを開けると、戸口で振り返ってマヤ達に手を振りだし、慌てて背中を押す。
「なんか急いでるね?用事でも、うわっ」
廊下を足早に進み、人気のない場所まで来てから、青年を壁に押し付けた。襟首を掴み、肘で気道を圧迫する。
「要件はなんだ」
「うっ……く、苦し…ギブ、ギブ」
「ギブアップさせてやっても良い。正直に話す気があるならだが」
白い顔が更に白くなり、息が出来るように少し力を緩めてやると、青年はゼーハーと大きく呼吸した。
念の為にベルトからナイフを引き抜き、片手に構える。テレビのように首筋に当てるなんて真似をしなくても、こうして持っているだけで、普通の相手には充分脅しになる。
「ある、ある!あります!もともと嘘つく気なんて無いし。そんな物騒な物しまってよ、怪我しちゃうよ」
「これを仕舞うかどうかは、お前の答えを聞いてから考える」
近頃の人間は物騒だな、とよく分からないことを呟くと、青年はにっこり笑ってこう言った。
「俺、天使だよ。名前はラグウェル。ラグって呼んでね」
宜しくとでも言うように大きな羽根が羽ばたき、唖然としたリョーゴの手から、ナイフが零れ落ちた。
(おわり)
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