柴村智穂と金居蓮は恋人同士ではない

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 条件付きで、と言われて渡された合鍵を使い、マンションのオートロックドアを開ける。  複数の防犯カメラ、付近の治安。女性が一人暮らしをするにも十二分なセキュリティ。  とはいえ、普通に働いている女性が一人で借りるのは困難な、それなり以上の高級マンション。そこに知恵は住んでいた。 「いらっしゃい、蓮」  蓮を出迎えたのは部屋の主、智穂だった。蓮よりも二つ年下の二十四歳。肌は白く、化粧はしていなかった。茶色のセミロングの髪は後ろで一つに束ねている。 「はい、買ってきたよ。ワインとチーズ、あと適当に食べるもの」 「やった! あがってあがって!」  智穂は蓮の買い物袋をひったくるように受け取ると、部屋の奥へと消えていった。残された蓮は驚く訳でも、呆れる訳でもなく、慣れた表情で靴を揃えて脱いで、智穂の後へ続いた。  数時間後。  柔らかなライトが灯された寝室。ベッドの上で、蓮と智穂は一糸纏わぬ姿で抱き合っていた。 「蓮は最近どう? 彼女出来そう?」  その言葉を聞いて蓮が上半身を起こす。そして智穂の目の前に左腕を差し出した。 「そう思っているなら、この痕をつけるの止めてもらえませんかね?」  差し出された左腕には、噛まれた痕が付いていた。 「前回のが薄くなってきたと思ったのに、また何ヶ所も付けちゃってさ」  左腕以外にも、蓮の体にはあちこち歯形が付いていた。色が濃いものもあれば、薄いものもある。今日より前に付けられた歯の痕は、薄くはなっているものの、完全には消えていなかった。 「あはは……。ごめんごめん」  横になったまま、智穂が照れたように笑った。 「何かエッチしている時、気が付いたら噛んじゃっているんだよね。――わざとじゃないんだよ? 無意識のうちに、ね」 「これじゃあ新しい彼女ができたとしても、しばらくセックス出来ないじゃん。裸になったとき『その歯形、なに?』とか聞かれたら、誤魔化しようがないじゃん」 「えー。付き合ってすぐセックスしようなんて、男って本当にロマンが無いよね。恋愛にはもっと夢や希望があるべきよ」 「こんな関係を続けている智穂が言えたことかね」  蓮が智穂の上に乗り、顔を近づける。そして、さらさらとした髪を手に取り、その匂いを嗅ぎ始めた。 「智穂の方こそ、新しい彼氏は出来そうなの?」 「――ご存じの通り、出会いが無い仕事だからね。当分は無理かな、んっ――くすぐったい」  蓮は智穂の耳の後ろに鼻を近づけ、くんくんと嗅ぎ続けている。そのこそばゆさに、智穂が僅かに身を捩る。 「そう言えば新作は順調?」  耳元で囁かれ、智穂は甘い吐息を漏らした。 「はぅ……。――お陰様でね。いつも冷評する編集さんも『とてもいいプロットなので、このまま勢いに乗っていきましょう』って」 「兎国院有里朱の新作、楽しみだなぁ」  ぺろり、と智穂の首筋を舐める。 「……その匂いを嗅ぐ癖と舐める癖、新しい彼女を作る前に治した方がいいと思う。あとペンネームで呼ばれるの、恥ずかしいんだけど……」  ――蓮こそ、女の子向けの小説読むの、恥ずかしくないの?  そんな質問を飲み込み、背筋をゾクゾクとさせながらも、蓮に舐められる心地よさに身を任せる。  舌は首筋だけに留まらず、肩、鎖骨、そして乳房へ――。 「んっ……」  先端を舐められ、智穂が更に体を捩る。それでも蓮は止まらず布団の中へ潜り込み、その味を愉しむように舌を這わせる。 「谷間ってなんか美味しい。――いい匂いもするし」  二つの乳房の間に顔を埋めながらも、舌を動かし続ける。初めて体中を舐められた時は驚き、恥ずかしかったが今は大分慣れて来た。  とはいえ、箇所によっては今でも恥ずかしい。 「――汗かいてるところは止めてよ……」 「なんで? そこがいいのに」 「……変態。本当はこの癖が原因で彼女と別れたんじゃないの?」  呆れられても構わず、智穂の体の味を確かめるように舌を進めていく。 「何度も言うけど、コレが原因じゃない。向こうの仕事が忙しくて、だ」 「女優さんだよね? ネットで顔見たけど美人さんだった――痛っ」  乳房の間をきつく吸われ、思わず声を上げる。 「――キスマーク付けないでよ」 「見られる相手、いないんだろ? だったらいいじゃん。痛いのは、噛まれて痛い思いをしている俺からの仕返し」  少しムッとした蓮の声。別れた彼女のことを詮索されるのは、あまり面白くない。 「ネットで調べたのは興味本位だって。気になったことは調べずにはいられない、それが作家ってもんなの」 「……まぁ、もう終わったことだしいいけどね。――これでも社内ではけっこうモテるんだぜ? 今日も帰り際に、可愛い同期にメシ誘われたし」 「この癖治さない限り、新しい彼女なんて出来ないよ――きゃっ! 脇腹はやめて……」  流石に脇腹はくすぐったさに耐えられず、智穂が蓮の顔から体を離す。 「わかった、わかった。脇腹はやめるよ」  そう言って蓮の舌は臍へと到達する。そして、徐々に下腹部へ――。  ――これだけ辱められたんだから、後で絶対仕返ししてやる。  次の瞬間、智穂の閉じられた脚が強引に開かれた。抵抗する間もなく、間に蓮が入ってくる。 「ちょっと! そこは舐めてもいいなんて言ってな……んんっ!」  智穂の言葉を聞かず、蓮の舌が智穂の蜜口を舐め始める。  これまで全身を舐められ敏感になっていた智穂は、その刺激で大きく仰け反った。 「――そんなに良かった?」  溢れる蜜を舐め取り、顔を上げた蓮が悪戯っぽく笑う。 「……せて」 「ん?」  小さな声が聞き取れず、蓮が聞き返す。 「噛ませて」  恥ずかしさと、蓮にいいようにされた悔しさで顔を赤く染めた智穂が、頬を膨らませて訴える。 「はいはい、どうぞ」  抵抗することなく、蓮が右腕を差し出す。すると迷うことなく、智穂は噛みついた。 「くっ……」  痛みに顔を(しか)める。  口を離すと、右腕に真新しい噛み痕が残っていた。 「あーあ……」  減るどころか増えちゃったな、と考えていた蓮に対し、智穂はまだ不満げな表情をしていた。 「もっと」 「えっ」  返事を聞かず、今度は左肩に噛みついた。更に脇腹。そして、最後に右太腿に噛みつき、くっきりと歯の痕を付けた。 「蓮って鍛えて筋肉あるから、噛み応えあるんだよねー」  満足げに唇を舐める。 「どうすんだよ。こんなに痕付けて。半袖着られなくて、スポーツジムでも長袖着なきゃいけないのに……」 「不満そうにしているけど、体は正直みたいだよ? ――噛まれる前より随分と元気になっているみたいだけど」  智穂が膝立ちになり、蓮の下半身に視線を落とす。そこは大きく膨張し、存在を主張していた。 「――やっぱり変態だね。口では嫌って言っていても、噛まれて興奮するなんて。嗅ぐ、舐める以外に、痛くされるのが好きなんて」  蓮の屹立(きつりつ)を眺めながら、妖艶に笑う。 「うっ……」  口で何と取り繕おうとも、体の反応は素直だった。それを隠すことは出来ず、営業部エースの冴えたトークは鳴りを潜める。  興奮が最高潮に達した蓮は、ベッド横のチェストから慣れた手つきで避妊具を取り出した。見ると蓮が買ってきた避妊具は、かなり数が減っている。  いつのまにこんなに使ったのか……。  蓮は自分が使用した数を振り返る。  智穂と出会って以来、けっこうな回数しているんだな……。恥ずかしいやら、呆れるやら。  取り出した避妊具を智穂に見せ、懇願する。 「――もう一回、したい」 「駄目だよ。ビジネスマンさんは明日休みだからいいかもしれないけど、私は生憎と明日も仕事なの。自由業の辛いところね」 「じゃあ明日は俺が飯の用意、掃除、洗濯……何でもするから」  魅力的な条件を提示され、少しだけ考えこむ。  結論で言えば蓮の提案はどちらでもよかった。熱を帯びた体が蓮の体を求めている。勿体ぶってみても、返答は最初から決まっていた。 「しょうがないなぁ。――おいで、変態さん」  二人は身体を重ね、夜は更けていく――。  柴村智穂と金居蓮は付き合ってはいない。――恋人同士ではない。 『どちらかに恋人ができるまで』という条件で、ストレスが溜まった時や、人肌恋しい時に会う。  そこに束縛は無く、恋愛感情も存在しない。  ただお互いに欲しいものを求めあうだけの関係だった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加