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おまけ:おおきいねことちいさいねこ
「翡翠、どうしよう……」
真剣な面持ちで翡翠の部屋に現れたのは、翡翠の主だ。
ちょうど昼餉の時間で、いつもなら午前の政務を終えた王とゆっくり過ごす時間のはずだ。二人きりで過ごす時間を、と考えてその時間は翡翠も自室に戻るようにしている。
慌てて自室の執務机から離れて翡翠が扉に近寄ると、翡翠の主は廊下を見回してから小さな翡翠の部屋へと入り込んだ。
「どうしたのです。まさか、陛下と喧嘩でも……」
「喧嘩、というわけじゃないんだ。でも、こういうことは翡翠にしか相談できなくて……」
言いよどんだ要の胸のあたりから、にゃあ、とか細い声が聞こえた。目を丸くした翡翠に、要が困り顔で笑う。主の懐から現れたのは、子猫だった。
「ちょっと気晴らしをしようと思って、庭に出てみたんだ。頑張って探したけど、母猫の姿もなくてさ……」
「……護衛もつけずに、ですか?」
己の侍従に、翡翠の主はばつが悪そうな顔をした。その間も子猫は鳴いて、要の手から顔を覗かせている。
「気晴らしは大切ですが、せめて俺がいる時にしてください」
はあい、としょげた返事に翡翠はやれやれといった顔をしてから要の手の中から脱走しようとしている子猫を抱き上げた。
「俺も本当に小さい頃に羊の世話をしたことくらいしかないので、お世話ができるか分かりませんが……なんとかしましょう」
「いいの?」
主の期待に満ちた眼差しに翡翠が頷き返したところで、無遠慮に翡翠の部屋の扉が開いた。
「あれ、紅玉まで」
昼餉の時間は警護のために王と神子二人の近くにいることも多い紅玉が現れた。翡翠が目を丸くしていると、心持ち不機嫌そうな顔で翡翠たちを見やる。
「要。あいつが鬱陶しいから、さっさと部屋に戻ってくれ。お前が戻るまで昼餉を待つとか言い出して、面倒くさい」
「えっ! ごめん、翡翠。すぐ戻るからね!」
そう言い置いて、翡翠の主は慌てて自身の部屋へと戻っていった。
部屋に残されたのは、紅玉と翡翠――そして、子猫だ。
にゃあ、とまた鳴いた小さな生き物を、紅玉が怪訝そうな目で見てきた。
「ああ、この子? 要が連れてきたんだ。可愛いよね」
両手で子猫を抱き上げながら、翡翠が子猫に笑いかけると、急に紅玉が子猫の襟首を片方の手でつまみ上げた。
「これはあいつが連れてきた猫だな。どうせ要に見せようと思ったんだろう。世話は石英がすると言っていた」
「ああ、そういうこと? じゃあお前のおうちも、これからはここなんだね」
紅玉がつまみ上げている猫に向かって、満面の笑みを浮かべた翡翠の視界に、なんともいえない表情をした紅玉が映った。空いている方の手で、翡翠の柔らかな白銀の髪をかき混ぜてくる。
「……翡翠も猫を飼いたいのか?」
「俺は要の部屋にいることが多いから、生き物を飼うのは無理かなあ。……手がかかる大きいのもいるし」
む? という顔をした紅玉に、悪戯めいた笑みを翡翠が返すと、『おろしてー』と言いたげに子猫がまた鳴いたのだった。
Fin.
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