1.

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

1.

 目が覚めたら、窓から西日。 「う……もう、こんな時間……」  ちらっと見た枕もとの時計は四時。もちろん、午後だ。  あたしはそっと、自分の頭に触れてみる。慎重に揺らしてみる。ずっきーんと痛みが来るかと身構える。  ……大丈夫だった。さすがに、あの地獄のような頭痛も治っていた。 「……うぅ、もうこんな時間かぁっ!」  一人暮らしの部屋でわざと大声で繰り返す、ひとり言。声が枯れ、かすれてしゃがれてる。全身が寝すぎたせいでかえって重い。う~ん、と布団の中で伸びをする。 「あ~あ、やらかしちゃったなー」  もう一発、わざと大声のひとり言。声のかすれが少し取れ、ぼけた頭がややはっきりしてくる。  ぐぅ……と腹が鳴った。思わず手でさすったら……わ、あたし、すっ裸じゃん! 夕べ帰って、一応服は脱いだものの、パジャマに着替えるのが面倒で、そのまま眠っちゃったんだな。  夏でよかった。季節によっては風邪ひいてた。  おまけに今日は日曜。それもよかった。おかげで会社に行かず、夕方までベッドでたっぷり寝て、なんとか二日酔いから復活できた。  ま、せっかくの休みを一日棒に振ったとも言えるけど。  しかし、あそこまで悪酔いしたのは、本当に久しぶりだった。  そもそもメンツがヤバくて、行く前から嫌な予感がしていた。学生時代の女友達。それもほぼ同じ時期にゴールインした新婚ばかりの中に、一人だけ独身のあたし。当然気乗りしなかったのに、美奈子が強引に誘うからしぶしぶOKしてしまった。しかも会場は、その美奈子の新婚家庭。もちろん旦那付き。  いや、初めは旦那がゴルフでいないから、という話だった。女だけのランチ・パーティーって趣向。ところが、終日快晴の天気予報は大外れ。昼から関東地方一円はゲリラ豪雨に見舞われ、結局、本腰を入れて降り始めたもんだから、ラウンド中にずぶ濡れになった旦那は、早々三時ごろにご帰還。  それまで、あたしは散々友人たちの新婚のろけ話に当てられっぱなしだった。その上、何かと言えばなんで結婚しないのかと責められ、独身貴族は優雅よねぇと優越感まるだしに羨ましがられ、やっぱり来るんじゃなかった、せめて酔っぱらうしかない、と急ピッチでグラスを重ねていたのだ。しかも、そこへ帰ってきた美奈子の旦那ってのが……  腹立つことに、あたし好みのマッチョ系イケメン。もちろん美奈子の結婚式で一度会ってはいる。でも、新郎がブサイクだったら面白がってじろじろ見るけど、かっこよかったら興味はないでしょ。だって、もうひとの物なんだし。癪にさわるだけだしさ。それで、新婦のウェディング・ドレスばっかり入念にチェックして、旦那の方はろくに見てなかった。第一、ごてごてのタキシードなんか着込んでるわけだから、その下にこんなマッチョなボディが潜んでいるなんてわかるはずない。  肌は頃合いの健康的なトースト具合。肩から二の腕にかけて筋肉山脈がなだらかに盛り上がり、割れた腹筋が清潔な白いシャツの上からでも想像できる。がっしりした太ももに、きゅっと締まったお尻、長い脚のたくましいふくらはぎもスラックスの上からくっきりわかる。これなら相手が渡辺直美だって軽々とお姫様抱っこできるだろう。  そして、顔。  長いまつ毛に縁どられた柔らかい瞳、貴族的な細く高い鼻、はにかんだような微笑を浮かべたナイーブな口元。成熟した男と、夢見る少年が同居した、あたしの理想とする顔なんだ。  既に悪酔い気味だったあたしは、それで一気にヒートアップした。旦那にしなだれかかって酒を強要し、自分も「乾杯!」と叫んでグラスを干す。それを見てドン引きした新妻連中は「夕飯の支度があるから」と言い訳しながらぞろぞろ帰って行ったが、あたしは飽きもせず旦那と乾杯を繰り返し、その内、いつしか記憶のヒューズが飛んでいた……  ぐぅ……また腹が鳴った。  あたしはベッドから這い出し、キッチンに行ってカップラーメンを探した。  スーパーカップMAX濃いコクとんこつが出来あがる頃、スマホが鳴った。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!