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その2
そして私は、実に数年ぶりに故郷へと戻った。
元々フリーの物書きとして生活をしているので、仕事の都合をつけるのは簡単だった。家には帰らずに適当な宿泊先を予約して、手紙が届いた次の日には帰りの電車に乗っていた。
普通電車のことを鈍行電車と呼ぶのは祖父母の影響だろうか。まぁ、のんびりとした感じは嫌いではない。昼間のがらんとした車内から見える風景は、以前に逆方向の電車に乗った時とはまるで違って見えた。
田舎は好きではなかった。遊びに出ると都会は楽しくて、楽しくて仕方なかった。それからだいぶ時間も過ぎているので、人並みに郷愁を感じることもある。
特に、海だ。
広い広い太平洋の近くに生まれて、海が荒れている時などは見えない程度に離れている場所だというのに潮騒の音が聞こえた。
『次は~』
次の駅のアナウンスが聞こえて、私は少し息を詰める。それから、ゆっくりと吐き出した。何でこんなに緊張しているのだろう。
それはきっと、手紙の差出人とこれから会うからに違いなかった。
降りた駅から予約していたレンタカーを借り、海へと向かう。意外と道を覚えているものだと思う。もちろん、方向音痴の気もあるため、念には念を入れてカーナビもセットした。
「何かCDとか持ってくるんだったなぁ」
都内での暮らしで車を運転することはあまりない。適当にBAY FMとかかけて無音だった車中に音を流す。内容はほとんど頭に入ってこない。考えるのは手紙の内容だけだ。
『父の遺品を整理していたら、この写真を見つけました』
まだ小さな男の子でしかなかった。彼と会ったのは、もう15年は前になる。
『もしよかったら連絡ください』
きー兄ちゃんが死んだことも全然知らなかった。家族と疎遠になっていたせいもあるけれど、わりと私に連絡を取りたがらない両親のことだから忘れていたのかもしれない。何せ父が入院するという話すら当日までされていなかったくらいだ。
「ああ、でも」
思い返せば両親はきー兄ちゃんと私が仲良くすることを好ましくは思っていなかった。血が近いのもあったと思う。ほだされて、娘が苦労する姿は見たくなかったのかもしれない。
死別で父子家庭なんて、相手の女性のことを忘れられるわけがない、とも言っていた。奥さんは線の細い、はかなげな美人だった。
海岸の手前のコンビニであたたかい飲み物を適当に2本だけ買って車に戻る。私は、どうして彼に連絡を取ろうと思ったんだろう。
すっかり忘れていた。忘れていたかった。
苦い初恋の思い出。
コートのポケットに飲み物を突っ込んで、車から降りる。眼前に広がる海を眺めながら、砂浜を歩く。うん、ブーツにしておいて正解だったかな。
「まなみさん」
耳を疑った。その声は、きー兄ちゃんにそっくりだった。
海風に煽られる髪を抑えながら振り返ると、きー兄ちゃんにそっくりな顔立ちの青年がそこには立っていた。
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