その4

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その4

 私と写っていた時の彼はまだ小学校には上がっていなくて、今目の前にいる好青年とはひどく月日の隔たりを感じる。  私がきー兄ちゃんと連絡を取りあうのを両親が快く思わなかったから、自然と連絡をしなくなっていった。携帯電話を持つようになった時にでも、連絡先の交換をしておけばよかった。  静かな凪いだ海のような瞳の青年を見ると、心が痛む。 「そうだったんだね」 「まなみさんは、今までどうしていたんですか?」 「そうね。その話は長くなるから、よかったら車に行かない? レンタカーを借りてきたの」  私が車を指し示すと彼は頷く。 「家が近いんです。そこまで、行きませんか?」  彼からの提案はちょっと驚くようなものだったけれど、私は了承した。  海からの風はびょうびょうと音を立てて吹いていて、彼の髪をいたずらに踊るように弄びながら遠ざかっていく。  なんだか急にひどく不安な気持ちになって、私は胸のあたりをきゅっと掴んでいた。  きー兄ちゃんが終の棲家に選んだ家は、その海岸から五分ほどのところだった。小さな一軒家。ここは駅から離れているし、バスも通っていない。正しく一軒家だ。 「どうぞ」  鍵を開け、私に中に入るように促す正輝くんは相変わらず他人行儀だと思う。いや、それもそうか。私と同じ気持ちなのかもしれない。  不思議な、関係だ。  きー兄ちゃんを挟んで、私たちはお互いを見ている。 「靴はそこで。まだ片付いていないので、適当にくつろいでください」 「はぁい」  そう言われても見知らぬ人の家でくつろげるほど心臓は強くない。残念ながら。部屋の中は整頓されていて、大きくとった引き違い窓からは明るい陽射しが差し込んでいた。日よけの白いカーテンと紺色のカーテンのコントラストは確かにきー兄ちゃんが好きそうな色合いだ。 「珈琲と紅茶、どちらがいいですか? といってもインスタントしかないですけど」 「珈琲がいいです。お砂糖だけで」 「はい。あの、ソファにかけていてください。すぐ持っていきますから」 「あ、はい」  うろうろされても困るか。そりゃそうだ。私はおとなしくソファに座って、彼が戻ってくるのを待つ。お湯が沸く音と外から遠く聞こえる海鳴りの音しかしない。静かな空間。ここが、きー兄ちゃんの終の棲家になったのかと考えるとすこし物悲しいような気分にもなった。
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