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その7
「へ?! いやいやいや、えっ? どういうこと?!」
「まなみさん、ずっと父さんのこと、好きだったんでしょ?」
どうしてそうなった? いや、そういう意図の質問だったのか? 私は何かを間違えたのか、それを考えてもぐるぐると訳が分からなくて、ひとまず出来ることをすることにした。
「違う! ないない、絶対ない!」
「だって今まで一人で」
「きー兄ちゃんは好きだったけど、その好きは恋愛の好きじゃなくて、好ましいと思う親愛の情みたいなもんで、いわばお兄ちゃんを慕うようなものだよ」
なんだか納得がいかないという表情をして隣に座っている青年に、私は腕を組んで目をつむって考えてみる。うん。ない。ないわ。
「大体さ、君、きー兄ちゃんと二人暮らししてたんだから分かってるだろうけど、あの人、ほんっとに生活能力がないじゃない」
「あー」
「靴下は脱いだら脱ぎっぱなし。料理はしたら調理道具出しっぱなし。私が君の面倒を頼まれてた時だってそうだったのに、すぐ改善したりしなかったでしょ」
「……死ぬまで改善しませんでした」
「でしょ? 世話を焼くのが生きがいみたいな人じゃない限りは、きー兄ちゃんと続かなかったと思うんだ」
だからこそ、私が離れてからは女性関係は駄目だっただろうなぁ。本当に何も出来ない人だった。うん。
「亡くなった人のことを悪く言うのも何だけど、本当にない。ごめんね」
「いえ、なんか、すっきりしました」
朗らかに笑った正輝くんは、何やら憑き物落ちたみたいに笑顔になって、にこにこと私の手を取る。
私の手を?
「送った写真、父さんがずっと大事にしていた手帳に挟んでたんだ。きっと、父さんはまなみさんに未練があったんだと思うよ?」
「そうかなぁ」
それはどうだろうか?
「少なくとも俺はあった。いっしょに引っ越し先のはがきが入ってて助かった。連絡が取れたし、もう一度会えた」
じりじりと正輝くんが近づいてくる。近くない? そして手はなんで離さないの?
「ねぇ、最後の約束覚えてる?」
「何だったっけ?」
はぐらかしても駄目そうだったけど、とりあえずとぼけてみる。眼鏡の奥の瞳が肉食獣みたいな輝きを放っているので目を逸らすことが出来ない。
「改めて言うよ。俺の、お嫁さんになって」
言われた瞬間、ぶわっとその時の光景が脳裏によみがえってきたのだった。
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