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その8
もう会えないとなったその日。
お別れを告げたその時。彼は何でもう会えなくなるのかと泣いていた。
家族ではないのだから仕方ない、という話もしたと思う。
「かぞく? かぞくになったら、いっしょにいられる?」
えぐえぐと泣く眼差しはうるうるとしていて、ほだされてしまいそうになるのをぐっとこらえた。
私は高校を卒業する年だった。確か、正輝くんは4歳になったところだったかな。年の差、実に十四歳。母親みたいな気持ちで接していたのも嘘ではない。
「でも、ぱぱのおよめさんに、まなみちゃんがなるのは、やだから」
そうだ。その時、私は同じ言葉を聞いた。
「ぼくのおよめさんになって」
泣きながら彼は、そう告げたのだ。
一瞬で、その時のことが思い出された。私を見つめるその視線は、嘘や冗談で言ってるわけではないことを物語っている。
私は答える言葉が見つからずに何度も何度もまばたきをして、その顔を見つめるしかできない。
「父さんがずっと肌身離さず大事にしていた手帳に、あの写真が挟んであったんだ。まなみさんからの引っ越しのはがきといっしょに」
歌うようになめらかに正輝くんは続ける。
「連絡先も写真も全部処分されていて、本当にまなみさんと会っていたのは夢かもしれないって思って、でも、あの写真を見つけたんだ!」
「……酔ってる?」
「酔ってないよ。本気で言ってるの」
本気なのかー。そうなのかー。こんなに思い込みの強い子だったかなぁ。あまりに情熱的すぎて、私の思考はすっかり第三者視点だ。
「お嫁さんになって。ずっと、忘れたことなんてない」
絆されたらいけないやつだ。これは。
でも、あの小さな子の手を離したことに罪悪感を持っていた私に、この眼差しは凶悪すぎる。
「信じられないって言うんなら、じっくり言って聞かせてあげる。時間は、たっぷりあるんだから」
しっかりと握られた手は振りほどけない。私はまるで悪い夢でも見ているかのように、そこから動くことが出来なかった。
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