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その1
それは、一枚の写真から始まった。
天気の良い日だった。空には雲がほとんどなくて、乾燥した空気を切り裂くような北風が吹いていた。実家から離れてから一人暮らしを始めて大分経つ。もうアラフォー目前といったところだ。ぬるま湯のような中で過ごすのは悪くなかったが、自分の中で何かほかに出来ることはないかと考えて、家を出た時もこんな天気だった。
二月になると太平洋側にある実家の方でもたまに雪がちらつくことがある。一気に下がった気温に身震いをしながら、今日の郵便物をチェックすると見慣れぬ名前からの個人宛ての手紙が目に入った。
「……誰だろう」
残念なことに私には友達が少ない。とても少ない。というか、ここに来てから友だちはいない。せいぜい年賀状で近況を伝えるくらいだ。
そんな私に手紙を送ってくるような相手に心当たりはない。すっとした綺麗な筆跡。書いてある名前は男名前。
「うーん?」
でも、どこかで見たことがあるような気もする。『花室』……花室? 花室正樹。きー兄ちゃんだ! 12歳上の従兄。優しくて穏やかでいろんなことを知っていて大好きだった。結婚した時はショックだったなぁ。だけど奥さんを早くに亡くして、息子さんと二人暮らしだったはず。
名前に見覚えはあるけど、こんなきれいな文字書く人だったかなぁ?
ペーパーナイフを取り出して、封を切る。中には白い便箋。取り出すと便箋の間に写真が一枚挟んであったようで、うっかり床に落としてしまった。
「何だろう?」
拾った写真には小さな男の子と私。ずいぶん若い私だ。
くったくなく笑う私とはにかんだような笑顔の男の子。後ろに見える砂浜は、九十九里浜。見覚えのある懐かしい風景。暗く澱んだような空の色と、暗い砂浜の砂の色。泡立つ白いさざ波を見ていると、今でも耳の奥で波の音が聞こえるかのようだ。
でも、これは誰だろう? 見覚えのあるような無いような顔。日付が記載されている写真には15年前の日付が入っていて、それはまた随分と昔のことだと思い返す。あの頃は、何をしていたっけ?
ひとまず写真をテーブルの上において、ゆっくりと手紙を読むために珈琲を入れる。
珈琲豆を挽くのもいれるのも、全自動で出来るのは楽で助かる。何やかやと言っても面倒なことは出来るだけ避けたいのが人情というものだ。
そういえば、珈琲豆を挽いてゆっくりと抽出した珈琲がすごく美味しいというのを教えてくれたのもきー兄ちゃんだった。あれは高校を卒業する年だったかな。
ふんわりと珈琲の香りが漂い始めて思考が現実に引き戻される。カップに珈琲を注ぎ、一口飲むと目が覚めるような心地がした。
「えっと……って、えぇ?!」
書き出しは、珈琲の苦みなど消し飛んでしまうようなものだった。
『父、花室正樹は先日逝去しました。』
表にもあったさらりとした筆跡の文字は、そう書き出していたのだ。
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