伍 春・淡雪 二

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「……じいさん、晴彦さん行っちゃったけど」 「まったく、あいつは田舎のすばらしさを知らんのだ。そうは思わないかい時雨」  スコップを握りしめ、じいさんは言う。 「いやあ、まあ、晴彦さんはじいさんのことを思うからこそああいうこと言ってんだと思うけど」 「時雨、儂はな、ここで生きることに喜びを感じるんだよ。ここが儂の生きる場所だと、いつからかそう思うようになったんだよ。ここでやりたいことも色々あるしね」  ……生きる場所、か。 「俺にもそう思える場所ってあるのかな」 「時雨はここが気に入っているんだね。儂は嬉しいよ」  じいさんがやさしく笑う。初めて会った時と同じ、あのやさしい顔。  じいさんに依存して生活するのはとても楽だ。場所にも、食事にも困らない。俺を見て笑うじいさんを見ていると、こんな自分でも誰かを笑顔にできるのだと嬉しかった。  けれど、俺の生きる場所は、生き方は、これでいいのだろうか。  土に作った穴に種を入れ、そこに土を被せる。作業を続けるじいさんを見守っていると、林の向こうの方から音が聞こえてきた。今度は車の音ではない。以前にも聞いた何かを叩くような音である。  何の音なんだろう。  ブナ林の中から音の出所を探して、俺は辺りを見回す。 「どうした時雨、気になるのかい?」 「ざわざわするんだ。放って置けないというか」  手を止め、じいさんも耳を澄ませる。そして、何の音か分かったらしく小さく頷いた。俺の方を見て、いつにも増して柔らかく微笑む。 「あれはキツツキだね。たぶんアカゲラだろうねえ」  ……キツツキ、か。  木をつついているのだろうが、なんだか弱々しくて頼りないような、そんな感じがした。
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