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「なんだよ」
「……時雨、ちゃんと左右確認しないで道路に飛び出すから轢かれるのよ」
「学習しようと思う。それはさておき、何か用か?」
ユキはじいさんの家をじっと見つめている。躊躇うような素振りを一瞬見せたが、意を決したのか口を開く。
「この前、おじいちゃんの息子さん来てたでしょ。もしおじいちゃんが札幌に行っちゃったら、あんたどうするの」
天気のいい時には八割方窓が開いている。窓辺の指定席に着くユキからはじいさん宅の玄関と庭が丸分かりなのだ。晴彦さんとのやり取りも見ていたようである。
くりくりしたかわいらしい目が俺のことを見上げていた。ユキの気持ちは俺には分からない。彼女が求めている答えを出せる保証などない。自分で分からないのならば、分かっている他の人のことを答えるとしようか。
「じいさんはここが自分の生きる場所だって言ってたぞ」
「そう。ここにいてくれるのね」
「え? ああ、うん。嫌か?」
ユキは首を横に振った。
「嫌じゃない。嬉しい。でも、それってつまり、あんたはずっとおじいちゃんに厄介になるってこと?」
「日和と似たようなことを言うんだな」
「ひ……? あぁ、そう。言ってんだ、同じこと」
「もしも、もしもだけど、仮にじいさんが札幌へ行ってしまったら、おまえのところに世話になるのもいいかもな」
「んえぇ!? それはちょっと、ちょっと積極的すぎっていうか、押しが強いというか」
冗談で言ったつもりだったのだが、想定していたよりも大事として捉えられてしまったようだ。ユキはどぎまぎとした様子で、全身からかわいさを放ちながら俺を見る。とてもかわいい。そして、目が合うと飛び上がるようにして後退していった。ばたばたと腕を振り回してなかなか落ち着かないようである。
部屋の中を何周かしてから、ユキは窓辺に戻って来た。
「大丈夫か」
「はわぁあ! だだ、大丈夫だと思う!」
「なんか勘違いさせたかもしれないけど、別にプロポーズとかじゃないからな」
「……ぷろぽ」
ユキは再び奇声を上げて部屋をぐるぐると回り始めた。
俺では駄目なのだと言っていた。ユキが気に入っているのは夕さんのはずだった。しかし、俺を相手にしてこんなにも動揺している。まさか俺に乗り換えるつもりなのだろうか。俺は彼女のことを好いている。これは喜ばしいことなのではないか。
だがしかし、これは叶わぬ恋なのだ。気持ちが通じ合っても、それが何らかの形になることはない。
窓辺に戻って来たユキが俺を見上げている。興奮冷めやらぬ様子で若干目付きが悪い。
「時雨」
「な、なんだよ」
「あたし、あんたのことが好きなのかもしれない」
「俺は夕さんとは違うぞ」
「あんたがいいの。あんただったんだ、あたしの、一番」
伸びをした彼女の口が、俺の口先に触れた。
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