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参 冬・時雨 三
降っていた時雨はみぞれに変わり、そして、雪になった。毎年のことだが、やはり北海道は雪が多いと思う。しかし、俺は北海道から出たことがないため他の地域で雪がどのようになっているのかは分からない。それでも多いと感じるのだ。
昨晩積もったばかりの新雪を踏みしめて歩く。
じいさんの家の庭先には毎日のように客が来ていた。客人達の目的は、雪に消えた花壇の横。すなわち小鳥用の餌台である。ところが、やってくるのは小鳥だけではない。リスやカラス、果てはキツネやワシまでやってくることもあった。ここは動物園か何かなのだろうか。
みんな冬の厳しさで飢えている。そこに登場するのが餌台に置かれた飼料や果物である。ブナ林に暮らす動物達にとって、じいさんは随分と重宝されているようだった。
「おや、今日は混んでいますね」
餌に群がるリスを眺めていると、声をかけられた。同性の俺でさえ震えるような美声。見ると、あの日ここまで案内をしてくれた黒ずくめの男が傍らに立っていた。
「こんにちは。結局ここに居座っているのですね、時雨さんは」
時雨。というのは俺の名前である。母に名前で呼ばれていたような記憶はあったが、父にまともに呼ばれてこなかったせいか本名は思い出せない。時雨の降る日に出会ったからと、じいさんは俺のことを時雨と呼んだ。結構気に入っている。
「もともとホームレスだし、ここにいれば餓死しないからさあ、なんか成り行きで。そういえば、夕さんはどうしてここによく来るわけ?」
黒ずくめの男――夕立――は、整ったその顔を自嘲気味に歪めた。
「時雨さんと似た理由ですよ。私も以前陽一郎さんに助けられたことがありまして、それからの付き合いです」
「へえ、夕さんも車に?」
「いえ、私は……」
なぜだか夕さんは下を向いて黙ってしまった。少し体を震わせてから、また自嘲気味に笑う。
「あまり思い出したくないのです。申し訳ありません」
「ああいえ、そんな、なんかすいません」
空気が重い感じになってしまったな。余計なことを訊いてしまっただろうか。
「コンニチハー!」
暗い表情の夕さんに対して、もう一度追加で謝罪でもした方がいいのだろうか、などと考えていると場違いで調子っぱずれな女の声が聞こえて来た。憂いを帯びたままの目で、夕さんはそちらを見る。
「ああ、ユキさん」
「コンニチハ、夕さん」
「なんだユキか」
「あんたに用はないわよバカ時雨」
自分が馬鹿なのは分かっているが、人に言われるとむかつくな。
ユキは隣の家に住む少女である。じいさんの家の隣には、これまた絵本に出てきそうなかわいらしい家があった。縹の屋根に若芽の壁の爽やかな色合いだ。
ユキは家の窓から顔を出して俺達を見ている。
「わぁ、今日はリスがいっぱい来てるのね」
……かわいい。
「ね、ね、夕さん、せっかくだからあたしんち寄ってかない? お姉ちゃんにたくさんお菓子もらったのよ。よかったら食べてって」
ユキはこの美形黒ずくめに惚れ込んでいるらしかった。分かりやすいやつだ。たまには俺も誘ってくれよ。
ユキの勧誘に対し、夕さんは苦笑する。
「嬉しいお誘いですが、お姉様は私のことをあまりよく思っていらっしゃらないでしょう。お邪魔するのは少々気が引けます……」
「そんなこと言わないでくださいよぉ。お姉ちゃんは夕さんのよさを分かっていないのよ。ね、来て来て」
「はあ、そこまで誘われて断るのも逆に気が引けますね。分かりました」
「やった」
熱心な誘いに根負けした夕さんは、俺から離れてユキのいる窓辺に向かった。
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