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「すみません、一緒に写真を撮ってもらってもいいですか?」
顔を上げると、一人の少女がカメラを両手に持ち、申し訳なさそうに頼み込んできた。
私は今やテレビに引っ張りだこで、昇り龍の俳優だった。仕事が増えることほどありがたいことはないが、やはり忙しい分、休める時間がほとんどなかった。今日も新幹線に乗ると、眠れるだけ眠ろうとすぐさま目を閉じた。そうしてすぐに、件の少女に声をかけられたのだった。
こうして頼まれることは一度や二度ではない。普段なら断るものの、早く休みたかったことと、少女が小さな声で目立たないよう頼んできたことに好感が持てたため、要求に応じることにした。
「いいよ。でもSNSに上げないでね」
ちょっとしたことですぐさま炎上する時代である。撮ってもらったもらえなかったと騒がれては面倒なので、私は一言念を押した。
「ありがとうございます。剣崎さんの頃からファンなんです」
剣崎とは私の旧芸名である。デビューして間もないころ、一瞬だけ使っていた名前だ。それから私はパッとせず、鳴りを潜めることとなる。今こうして返り咲いてはいるものの、当時を知る者はほとんどいなかった。そのため、彼女は本物のファンなのだと知ると、私は心の底から嬉しくなった。
「へえ、そんなに昔から知ってくれてるなんて。ありがとう。君の応援のおかげで、今の僕があるよ」
初めてのことなのでつい浮かれて、臭いセリフを吐いてしまった。彼女の方も顔を赤らめ、カメラで顔を隠した。
「じゃあ撮ろうか」
私は恥ずかしさを打ち消すように急いで手招きをした。彼女はしずしずと隣の席へ座り、カメラをこちらに向けた。そのまま何も言わずシャッターを切ったが、ふと違和感を覚えた。
「それにしても、カメラなんて珍しいね。今どきみんなスマホなのに」
すると彼女はモジモジしながら答えた。
「母が買ってくれたカメラなんです。あの、ありがとうございました」
お礼を言うと彼女は足早に立ち去った。もう少し話してもいいのではと私は思ったが、恥ずかしがり屋なのだろうと思い直し、余韻に浸りながら眠りについた。
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