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後日、私はあるトーク番組でこの出来事を話した。
「実は僕、昔剣崎っていう名前で出演していたことがあるんですよ」
案の定スタジオでは、
「へえ」
や、
「知らなかった」
といった声が沸き起った。
「先日のことなんですけど、新幹線でファンの子に写真を撮ってくれと頼まれまして。それでその子が昔からのファンですって言うので、嘘くさいなあと思ってたんですよ。でも剣崎の頃から知ってると言われて、それで本当だと確信しました」
会場からは感心したような声が上がり、司会が
「ちゃんと売れない頃から見てくれてはる人がおるんやね」
と締めくくった。しかし私はここぞとばかりに用意していたオチを付け加えた。
「ええ、ですが僕が本当に確信したのはその子がスマホじゃなくカメラを持っていたことなんですよ。今どきの子はカメラなんか持ち歩かないだろうなって。しかもデジカメじゃなくてレトロなやつ」
狙った通り、会場は爆笑した。
「お前それ、その頃死んだ幽霊ちゃうか?」
司会がツッコミを入れた。
「若い子がレトロなカメラ持っとったんやろ?」
会場は第二の笑いに包まれたが、私は言われてハッと気がついた。たしかに私の昔からのファンだったら、現在35~40歳くらいが妥当なはずだ。私はかなり遅咲きしたことで話題を呼び、剣崎と呼ばれた頃から20年経っている。あの少女は20歳前後に見えたので、私のファンをやっているなら幼児の頃から私を知っていることになる。
「じ、実はその子は割とおばさんだったんです」
苦し紛れに私は答えた。
なんだそのオチはと言わんばかりに会場は笑い、司会も私の頭をはたいた。
私も一緒になって作り笑いをしていたが、内心少女のことが気になってしかたがなかった。
その日の収録の帰り、新幹線に乗っているとまた声をかけられた。
「あの、今日の収録素敵でした」
顔を上げるとまさしく例の少女がいた。手にはカメラが握られている。
「また写真を撮ってもらえませんか?」
少女は囁くようにお願いしてきた。
私はまず、今日笑いのネタに使ってしまったことに罪悪感を感じ、少女に謝ろうかと思った。しかし今日の一連の流れを思い出すと、少女の不可解さに悪寒が走った。そして今また、目の前に例の少女が立っているのだ。私は幽霊なのかストーカーなのか分からぬ存在に狼狽し、出てきた言葉は冷たいものだった。
「君、この前も撮ったじゃん。毎回は撮ってられないよ」
我ながら酷すぎる対応だった。言うが早いか、悪評が広まっては困ると自己保身に走り、すぐさま訂正した。
「じゃあ今回で最後ね。生粋のファンみたいだから特別だよ」
この前と同じ要領で少女が私の横に座った。だが、前回のような嬉しい気持ちはどこへやら、少女を薄気味悪いとしか感じなかった。少女が顔を寄せてくると、寒気さえするようだった。そんなことはおかまいなしに少女は写真を撮り終えると、ありがとうございますと言い、その場をあとにしようとした。
「ねえ、君。そのカメラいつ買ってもらったの?」
様々な疑問が頭に渦巻く中で、私の口から出た質問がこれだった。言った後に私はしまったと後悔した。これ以上関わるべきではないと本能が訴えていた。
少女は振り向いた。その目はどこか虚ろなように見えた。私の心臓は早鐘を打っていたが、少女が口を開いた。
「18歳の時に。大学の合格祝いに母が買ってくれたんです。剣崎さんの追っかけをやっていたので」
少女は恥ずかしそうに、しかしどこか寂しそうに微笑を浮かべると、そのまま去って行った。私はカバンからひざ掛けを取り出すと、それを頭から被って寝ようとした。しかし身体はブルブル震え、背中からは冷や汗が流れた。少女の外見はどう見ても20歳前後だった。
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